親の苦労子知らず

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▲休日は娘と一緒にハイキングへ

 世のお父さんの多くは、これまで思春期の子供と上手く接することができないというレッテルを貼られていた。一方、私は今流行りのイクメンとして、毎朝の保育園への送り、週末の手料理や子供と二人での食べ歩き、さらには大自然の中での親子での触れ合いと、パパ道に精進している自負がある。これから娘が年頃になってもいい関係性が築いていけると疑いすらしていなかった。そんなある日のこと、3歳の娘から「パパは何にも分かっていない。パパは汚いからもう触らないで」と三下り半を突き付けられた。あまりの衝撃に打ち拉しがれながら、自分の子供時代を振り返ってみた。思い出すのは父との確執ばかりである。

 子供の頃、九州男児の父と二人の時間を過ごすことが苦手だった。もちろん、すぐ殴られるからということもあったが、私が中学受験に失敗してから期待していた父との歯車が噛み合わなくなった。おかげで高校時代、ほとんど会話らしい会話を交わした記憶がない。団塊の世代の父はご多分に漏れず、毎日深夜帰宅。ハウスメーカーで現場監督だった父は水曜日だけが休み。唯一の休日も私が部活から帰るのは21時、22時。正直、独り言を言いながら水曜ロードショーを観ていた父の横顔しか思い出せない。父が単身赴任で大阪勤務となり、私は大学進学のため東京へ…。それからもう20年近く経つが、その時の苦手意識がお互いあるようで、今でもまともに話せない。

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104kg国太郎の意気揚々と生きよう!
企画部 西島 国太郎

 

 そういえば、小学生の頃、外食先で父が出されたおしぼりで顔を拭いたらいつもおしぼりが真っ黒になっていた。恥ずかしかった私は「お父さんは汚いから向こう行ってよ」と確かに言った。あの時のオヤジの顔がどうして真っ黒だったのか、子供の頃のパパは本当に何にも分かっていなかった。