AI(人工知能)で世界は変わるのか

3度目のAIブーム
IBM社が開発したWatsonが米国の人気クイズ番組で人間のチャンピオンに勝利したことや、任意の画像を猫と判断できたり、Alpha GOという名の囲碁プログラムがプロ棋士に勝ったりしたこと(共にAlphabet Inc.)が話題となりブームとなったAIですが、実はこれが三度目のブームであることを皆さんはご存じでしょうか。私が小学生だった1990年頃、流行語大賞をとったファジィという言葉が一世を風靡しました。洗濯機や炊飯機、エアコンなどの家電製品にこぞって搭載されていたことを思い出した方も多いのではないでしょうか。
このAIブームというものは、AIという言葉そのものが生まれた1956年を皮切りに1970年代半ばまでが第一次ブーム、1980年代半ばから1990年代半ばにかけてが第二次ブーム、2006年頃から現在の動きが第三次ブームという分け方が広く認識されており(NIKKEI SYSTEMS)、それぞれの時代の間に冬を迎えるというサイクルを繰り返してきました。ファジィ家電が流行していた頃の日本は、半導体で世界を席巻していた時期でもあり、この分野においても世界から注目されていました。90年代初めにはファジィ、ニューロ制御搭載の家電が数多く市販されたものの、複雑でルール同士が矛盾してしまうこともある現実社会で活用することへの限界が露呈し、開発が止まり冬の時代を迎えました。
その後、コンピューターの性能が飛躍的に向上し、インターネット網の拡大、スマートフォンなどのデバイスの普及によるデータ流通量の莫大な増加、その大量のデータを高速処理(ビッグデータ)、脳・神経科学の発展が組み合わさることで新たな道が開けました。これが2006年以降に確率統計的なAIから現在のAI(Deep Learning、機械学習、強化学習)へとつながってきたのです。純粋にAIの研究だけが進んだのではなく、半導体産業、IT産業、医療の発展と、他の分野の進化も大きな要素だったのです。

AIの可能性
最近はブームというだけあって、AIという言葉だけが独り歩きしている点は否めません。というのも、AIという言葉に明確な定義があるわけではないので、人の代わりに自動で何かを行う機能をAIと呼んでいるだけで、これまでと特に機能が変わっていないサービスなども多々見受けられるからです。
とは言え、技術的に向上しているのは間違いなく、AIを独自で研究開発しサービスを提供している様々な企業のサービスをイベントや取材で実体験すると、人が必要とされなくなるのではないかと思えるほどです。メールなどのテキストデータでの自動応答はもちろん、音声での会話に加え多言語に同時に対応が可能であり、その質の高さから黙っていれば本当に人が話していると思ってしまうレベルにまで近づいています。また、人間ではすぐには読み切れない膨大な量の論文(6000本)を読み取り、人間の医師では病気を正確に判別できず治療が進まなかった患者の希少疾患を見つけ完治できた例などは、まさに人間の能力を超えた力を見せたものと言えるでしょう。
英国オックスフォード大学でAIを研究するマイケル・オズボーン准教授が発表した論文「雇用の未来 コンピューター化によって仕事は失われるのか」は世界に衝撃を与えましたが、まさにそう感じるのも無理ではない程のスピードで進化しています。
一方で、それだけ進んでいてもなかなか難しい分野があるのも事実です。静止画像や試験問題といった静的データや、会計などのルールが明確であったりゲームのように範囲が限られたりしている分野は得意ですが、推論や常識、モラルといった分野は難しいようです。例として自動運転でトロッコ問題※1が発生した場合どうするのかということが挙げられますが、この問題は画像認識で情報処理はできても、重要な判断はできない、させられないということを如実に表しています。

※1「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許され るか?」というジレンマを扱った、倫理学の思考実験

人を超えるか
最近のAI研究者の間で自分のデジタルクローンを作成することが注目されており、DARPA※2では次のブレイクスルーで物事の背後にあるルールや常識の学習が可能になり現実社会を認識できるようになると予想しています。これまでも人類は過去不可能だと思われてきたことを可能にしてきたのですから、将来にそうなるのかもしれません。
そこでポイントになるのが「らしさ」となるでしょう。AIは機能であることは脳と同様です。しかし、生物ではないので脳のように遺伝や環境によって物理的変化がなく、それが重要な精神プロセスであるなら「らしさ」を自ら獲得することはできません。脳の情報処理は局所処理(モジュール)と全体共有を同時に行うことで効率的に行われていて無意識レベルの処理も可能になっています。モジュール同士は階層構造ではなく、並列につながっているので中央管理システムのようなものは存在しません。しかし明らかに自己があると私たちは思っているため(つまり、私という人格が自分を制御しているという感覚が存在している)、それが解明できない限り、人を超えたと人自身が認識することが難しいのではないでしょうか。
AIのように、全てが合理的に判断できることは素晴らしいですが、非合理的故に生まれるということを理解できないのです。例えば3M社のポストイットは、接着剤の開発の失敗で弱い粘着力のものができてしまったものを活かそうと生まれたものです。AIであれば失敗が予想された時点で開発は途中で止められていたでしょう。そういった失敗をも利用してしまうといったことや、閃きといったものはまさしく人間『らしさ』。AIによってもたらされる変革は、私たちがより自分らしさを発揮する大いなるきっかけなのかもしれません。

※2  Defense Advanced Research Projects Agency (アメリカ国防高等研究計画局)

【取締役最高投資責任者 草刈 貴弘】