「農工一体」で郷土の繁栄に 貢献する企業精神

自分たちの土地を守りながら働く強さ

 農家の仕事を続けながら地元の発展にも貢献できる会社で働き現金収入を得るという、副業をうまく使い分けられるという考え方は、今こそ必要な時代になってきました。昨今、働き方改革という言葉がよく言われます。生産性を上げるということはもちろん大事だとは思いますが、それだけでは上手くいかなくなるのではないかと危惧しています。自然や精神的余裕を求めてUターンやIターンという動きが少しずつ増えています。たとえば、金融業界ではかなり厳しいノルマがあることや、IT業界では時間的制約が大きいことで精神的に参ってしまう人のために地方で療養するという仕組みもあります。地方の発展には人が欠かせないが、働く場がないのが実態です。そういった意味では受け皿としては可能性があると思います。ところで、現在も創業の精神である「農工一体」をやり続けられているのでしょうか?

信州伊那谷の自然の中で世界に伍する製品を作り続ける同社

 最初の頃はほとんど農家の方でした。今は農業をやっている人がだんだん少なくなってきていますがそれでも伊那谷の社員の実に約6割が兼業農家です。農工一体といっても従来の働き方をすると、実は働けないのです。農作業があるので毎日8時間ずつという働き方はできません。実は私も入社した時に驚いたのですが、12時間働くと次の日は休み、その次の日は夜勤になります。農業をしながら工場で働けるという働き方を作ったのは一番初めではないでしょうか。創業者が農業しながら働ける環境を作った、言い換えると、自分たちの土地を守りながら収入を得られるというベースを作ってくれたというのはすごいことだなというのを改めて感じています。
 先程、大戦の影響で疎開する精密産業がやって来たという外部環境での追い風があったという話がありました。では、様々な業界で輸出が厳しくなっているのにもかかわらず、この地域で御社が残り続け抵抗器のシェアを高く維持し続けていられる理由はどのように捉えていらっしゃいますか?
 ひとつは人ですね。伊那谷という集合体で話をしますと、この地域の人は愚直なぐらい真面目で、何かあると結集してそのことを乗り越えていく、その能力を持った人たちというのが一つの文化としてあります。その人たちが養蚕から工業へうまくスイッチしたと思います。人と人との関わり合いの中で、自前で工夫してやっていくという力を持っています。当社でもKPSという改善活動を30年近くやっていますが、自分たちの中でどうすれば無駄を取って働きやすくなるかということをずっとやり続けている。強さということで言えば、人から見えないところでもやり切るという人たちが集まってきているということです。リーマン・ショックでは売り上げが年収換算で半分以下に落ちました。生産調整や一時帰休などかなり厳しいところもやりました。私が社員に聞いた話では、「うちに帰ってもおじいちゃんとおばあちゃんがいるし、野菜とお米はうちでとれるから大丈夫」という声です。要するに家族がいるから、多少何かあっても大丈夫だからと。伊那谷というのは非常に狭いエリアから社員が通ってきてくれています。家はもちろん持家ですし、おじいちゃんおばあちゃんたちもいる家族が多い。それだけ農業とゆかりが深いということは、生活する力が非常に強い。数多くの危機があっても、このエリアで生きていく社員たちにとっての力というのがとてもあります。困ったらみんなで給料を下げてでも乗り切っちゃおうよというのは、絶対に都会の企業にはもてない強みです。それが危機の後のV字回復に繋がっていると思います。