長期投資家の存在が企業価値を最大化する

世界的化学産業の大再編に違和感 
 今、世界の化学産業ではメジャーと称される欧米名門巨大企業の再編が大規模に進行しています。もともと化学産業は研究開発費や設備投資といった固定される資産が大きく、稼働率が高水準でないと利益が出にくい構造を持っており、これまでも繊維、自動車、プラスチック、半導体・液晶TV、医薬など需要の主役が代わるとともにそれに対応するため再編を繰り返してきましたが、足元では世界の化学産業の歴史に残るほどの大きな再編が進んでいます。そのなかでも米国の名門であるダウケミカルとデュポンの二社の合併はその象徴として世界に衝撃を与えました。互いに百年以上の歴史を持ち、巨額の売上、高い利益率を誇る名門企業にもかかわらずこのような大きな決断を下した背景には、モノ言う株主の動きが大きく関っています。
そしてこの合併後に行われたリストラ内容の発表に対して、経営陣がモノ言う株主の主張に寄り添い事業再編を決定したことで「投資家の利益に資した」と株式市場は大いに沸きました。しかし私には強い違和感が残りました。

企業価値向上への構造的問題
確かに株主の声は企業経営に緊張感を持たせる重要な役割を果たしていますが、ステークホルダーの中でも自由に「一抜けた」することができる構造的な歪みも持っています。
ここには決してモノ言う株主=悪者という短絡的な憂慮ではなく、そもそも時間と範囲を限定することでより確からしい未来を求める短期的思考の株主と、自らの意志で成長していこうとする長期的活動に期待するその他のステークホルダーとの間に起こる、将来の可能性への評価に対するズレが存在します。
時間を掛けて築いた研究の継続性や取引先との信頼を一度捨ててしまうと、それを再び事業に活用することを不可能にする、まさに「覆水盆に返らず」です。事業整理は、収益機会では価格比較に見えても時間軸では取り返しのつかない選択ですから、経営者だけでなく株主も大所高所に立つことが求められます。

時とともに企業価値が向上した例
数年前までは、日系化学企業の中で総合化学と言われコンビナートを所有する企業に対する株主からの評価は厳しいものでした。折しも日本の内需が頭打ちになり、アジア(特に中国)での設備投資の活発化により製品の需給バランスが崩れるという背景の中、企業から発せられる従業員雇用維持や関係会社に対する供給責任は、そのスピードが遅く見えるリストラへの体の良い言い訳としか受け止められませんでした。
しかし、それらの企業は(金融の都合ではなく)事業会社としてのスピード感で責任を果たしながら確実に構造改革を進め、現在はその評価を高めています。その一番大きなきっかけは、中国で急増した生産設備が環境問題のために稼働できなくなっていることです。その結果、世界の需給バランスが引き締まり事業の採算が向上しました。それだけでなく、環境に配慮した生産工程や設備設計など日系企業が大切に蓄積してきた技術への注目が高まっています。
また、繊維産業における日系企業への株式市場での歴史的な再評価も企業価値が時間をかけて向上した象徴的なものの一つです。
繊維産業は、古くは産業革命の主役であったように人々の生活を担うオールドエコノミーの代表のような産業です。特に化繊の分野では、欧米メジャーはその初頭から技術でも資本力でも世界をリードしてきました。しかし、株主の要求する利益率の確保の難しさからその事業を切り離すと共に繊維の基礎研究の継続も断念し、それに係る研究者の離散や大学との連携喪失を招いてきました。一方で、同様の判断が迫られたにもかかわらずその基礎研究を続けた日系企業は、今では飛行機に使われる炭素繊維だけでなく衣料向けの機能性を持った繊維の開発など、世界で需要が高まる分野において他の追随を許さないポジションを築いています。

長期投資家が担える重要な役割
長期的な企業価値の成長は全てのステークホルダーにとってより大きな恩恵をもたらしますが、その時間軸に寄り添う株主の存在は少数派です。それは企業価値の向上についての議論はその確からしさから、短期的な予測は常に長期的な期待に対して優位であり、事実世界は「速さ=強さ、さらには、=正しさ」という価値観が強くなっていることが背景にあります。
この潮流の影響からか、近年日本の企業全体の研究開発も短期化する傾向が続いており、企業も長期的な視点で経営することに自信を無くしています。
このような中においても大所高所に立ち、企業の持つ長期的な可能性に価値を認めることは私たち長期投資家にしかできません。私は私達にしかできない「応援する投資」は、その企業の可能性をより良く引き出しリターンを最大にする強さを持っていると時間とともに確信を強めています。
【アナリスト 斉藤 真】