官製に抗う

配偶者控除を見直して間もなく、政府は次の税負担を高額所得者に求めた。自営業者や高齢者ではなく、事業主を介して徴収される給与所得者を狙ったやり方には不公平感に愚痴がこぼれても仕方がない。実際、上昇が続く社会保険料によって税負担割合の公平性が見え難いのだが、論点は公平性ではなく国家の行く末だ。このままで大丈夫なのか?

我が国の一般歳出額約100兆円の3分の1が社会保障費に充てられている。この額は歳入のうち所得税と法人税の合計額と同等かそれ以上で、つまり直接税が丸々社会保障費に流れている計算となる。なお社会保障費支出全体は国民総所得の3割程度、残りの大部分は事業主及び個人が負担しており、年々の社会保険料増で10年前と比べ月額3万円ほど家計から余裕が減っている状況だ。その根本的な原因は我が国の人口動態にあり、このままでは改善どころか10年先には更に酷い状況となっているだろう。所得増税など吹き飛んでしまう。されど政府は着手すべき最終段階においても公平性や弱者救済の呪縛から逃れられず、勢いのある国家を目指そうとしない。然らば国民は自立し、将来資金を自ら準備することが求められよう。確定拠出年金制度が大衆化されたことにも伺えるように、個人の資産運用は時代の必然性を超えて政府の望みとなっている。働き方や住む場所を選ばない資産運用は誰にでも公平な機会と結果を与えてくれるからだ。しかし今回は資産運用の是非は言及しない。表題にある官が“製る”社会のあり方について考えたいのだ。

消費なかりせば裏面の供給が増えるわけがない。故に企業は消費地を国外に求めざるを得ない。したがって国民の所得増は国内の需要増への期待に繋がり、なるほど政府の求める賃上げは間違っていない。しかし法人所得が上向いている現在は良いが、企業は将来の景気悪化を見越し判断を下さなければならない。賃上げは政府が決めることではなく、また生産なき賃上げを期待する個人を生むのも政府の罪である。働き方改革然り、大手や強者の圧力によるしわ寄せは排除すべきものの、働くべからずととれる制度は百害あって一利なし。企業毎の労働環境をガラス張りとし、後は自由にさせるべきだろう。官製相場に官製景気、官製賃上げと、過去の成長経済の思い出を捨てられず政府がいつまでも国民や企業のあり方を決めるようではまずい。皆一緒など成熟経済下ではおかしいのだ。官が製る現在の延長で国家財政が回るわけもなく、むしろ国の借金が増えるだけである。それはそのまま個人の活力を削いでしまうのだ。

多くの指標で国際順位を落としている我が国は今、結果における格差の広がりを容認し、個人の努力と才覚で上を目指せる社会を目指すべきだろう。無論、低位安定を望むもあり。公平性の名の下に皆一緒にするのではなく、個人に現在そして将来の生活は自分の所有物であるという認識と責任を求めるべきだ。

当社には昼夜土日を問わず勉学に励む社員がいる。彼らを一般と同じ扱いにし、働く機会を奪えるわけがない。国民の経済的自立のお手伝いという使命を果たすことが国全体の成長の一端を担えると信じ頑張っているのだから。そのため当社は公平性より意欲ある人材を優先する。努力する者には機会を、機会に結果を出したものには評価を。この信念を無視して政府に応じ全体給与の底上げなどしない。結果当社が望まれる職場として選ばれないなら、それでよし。逆に高額所得者への税負担増によって社員のアニマルスピリッツを奪おうというのであれば、当社はその増分を給与として支給し、不変の貢献に関わらず手取りが減るような事態は回避させる。多くの受益者に価値を提供し信頼いただけるのであれば、制度を言い訳にせず堂々と応えていきたい。

最近、若い方が税制及び資産運用での上手い方法を聞きに来られるが、私は次の様に応える。何より稼ぐ力を養いましょう。制度が今後どう変わろうと、残るもの、頼れるものは自ら養った力である。お金は制度で奪われようとも力は誰にも奪えない。たくさん働き、堂々と稼いで税負担をこなせるほどの高みを目指しましょう。

【代表取締役社長 澤上 龍】