金融ジェロントロジーの考えを 採り入れよう

金融ジェロントロジー
ジェロントロジーという聞きなれない言葉は「老年学」を意味する。ギリシャ語のジェロント(老人)に学の意味のオロジーが合成されたものであり、高齢社会の様々な問題を解決するために医学、看護学、理学、工学、法学、経済学、社会学、心理学、倫理学、教育学、宗教学などを包括する総合的学問体系だ。米国などでは金融研究と組み合わせ、「健康寿命」と「資産寿命」も伸長して「生命寿命」との差をできるだけ縮小するための学際研究「金融ジェロントロジー」が進んでいる。日本でも「高齢社会における金融・経済・医療に関する研究会」が2016年4月に立ち上げられた。発起人は慶應義塾大学の医学・経済学他の研究者たちで、高齢社会における就労や資産運用などの個人の経済活動に及ぼす影響・課題を洗い出し、そこで必要とされる対応について学際的研究が行われており、その成果が2017年3月に1冊の本にまとめられた。(注1)
研究された内容を一部紹介する。人の認知機能(注2)は個人や年齢によって差はあるものの、加齢によって低下(老化)していく。最初に衰えをみせる分野の1つが金融取引に関する能力だと言われる。すなわち、預金の出し入れ、証券投資、保険の手続きなどをそれまでのように合理的にできなくなる。そこで介護保険制度と同時に2000年4月に成年後見制度が開始されたのだが、未だ十分に機能しているとはいえない。

差し迫る2025年問題
65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占める社会を超高齢社会という。日本は2010年に突入し、2017年10月には高齢化率が27.7%と、他の先進国の数倍の速さで高齢化が進んでいる。将来推計人口では団塊の世代の人たちが全て75歳以上になる2025年には高齢化率が30%を超えると予想している。その頃には65~74歳の比較的若い高齢者と75歳以上のより高齢の高齢者の比率が、現在の1:1から2:3と高くなり、有病率や要介護率が高まりやすくなる。先に述べた認知機能の低下に前後して身体機能も低下することで金融取引の妨げとなる要素が増えてくる。電話で問い合わせや注文をしようにも良く聞こえなかったり、金融機関を訪ねるにも膝や腰の痛みが外出を躊躇させたりする。

金融サービス提供者として
金融機関は以上のことを踏まえた上で業務運営を行う必要がある。これまでにも書類の文字を大きくする、電話での応対はゆっくり・はっきり話す、リスク性の高い金融商品は高齢者に推奨するのを控えるなど業界内で画一的な対策がとられてきた。しかし、お客様対応をする現場では日々高齢者やその家族等から様々な対応を求められる。
私事の経験から親の入院保険金の請求例を挙げてみる。終身保険を契約していた母が1ヶ月半近く入院をした。東京都指定の認知症疾患医療センターで、主治医に入院証明書を書いてもらい、必要書類を揃えて請求に出向いた。母はその保険契約に私を特定請求人として指定し、保険会社側も登録済みだった。また、先の入院証明書には「本人の判断が困難である」という医師の意見が記されていたため、本人の請求でなくても一度の訪問で手続きは済むものと考えていた。後日、親子関係を証明するための戸籍謄本を要求された。入院保険金の振込先は母の銀行口座で私が保険金をどうこうできるものではない。特定請求人として認め、登録したのは保険会社であるのに、その上戸籍謄本まで提出する必要があるのかと書類を届けた際に担当者に尋ねた。必要書類であれば登録時に提出させるとか請求時の注意点に上げておくのが親切だ。超高齢社会において親のために動く多くの子供世代は生産年齢にあり、できるだけ時間をかけずに効率よく手続きを進めたいのが心情だ。金融機関には既成の手続きに固執せず、どうすればより合理的・合法的に対応できるかの挑戦が今後さらに求められると思う。

「お先にごめんね」の精神で
当社は一般家庭の資産形成のために直接販売でお客様と対話し、一緒に二人三脚の資産運用をしてきた。売買の取引手数料無料、定期定額購入など一般家庭が資産形成しやすい形をいち早く提供してきた。昨今、大手資産運用会社が同じ動きを始め、「本当に必要とされる運用会社」を追求し始めた。これは、当社創業者が20年以上前に金融業界に投じた一石がようやく波紋を描き始めたものと思っている。次なる挑戦の対象は様々あろうが、待ったなしに深刻化する超高齢社会への対応は外せない。従来の堅苦しい対応をお客様に押し付けるのではなく、攻めの法令順守・攻めの顧客対応で、高齢者やその家族が取引や相談をしやすい運用会社の姿を目指すのだ。そこにはAIやIoTといった第4次産業革命の力を借りることもあるだろう。すぐに具現化できないこともあるだろう。しかし、「どうすればもっとお客様に寄り添う金融機関になれるか」の考えを持ち続けることで、確実に前進する。
金融ジェロントロジーを学問に留めず実社会に生かすことは、個人だけでなく国にも有益だ。高齢者を支える生産年齢世代に無駄な負担を掛けずに経済活動に専念してもらい、高齢者に偏った個人金融資産(全体約1,900兆円あるうち7割近くが高齢者資産)を部分的でも活性化することができれば、日本の経済にプラスに働くことになる。金融ジェロントロジーを意識した日々の業務の積み重ねから次なる「お先にごめんね」を始めよう。

【アナリスト 大澤 眞智子】

(注1)参考図書:『金融ジェロントロジー』
編著者:清家篤 東洋経済新報社
(注2)認知機能とは:外部からの情報を取り入れ、分析し、意思決定を行い、行動に移す機能のこと