ブレグジットについて

英国が2016年6月23日に国民投票でEU離脱を選んでから3年が経ちますが、この件について英国に小学校から18年間滞在していた経験がある私から意見を述べさせていただきます。私は英国がブレグジットを選んだ理由は以下にあると思います。

第一に英国人は多少の不利なスタートを好みます。たとえば、スポーツの世界では長年アマチュア精神を好んでおり、試合に勝つためだけのがむしゃらな練習は「美しくない」と嫌っていました。全英アマチュアゴルフ選手権は、第二次世界大戦前まではメジャー大会のひとつとしてステータスがあったほどです。つまり、英国人はブレグジットで経済的に多少な不利な立場になってからでも這い上がる姿勢が一つの「らしさ」としているように私には見えます。
第二の理由は、意図的に欧州大陸側を弱くしようとしているのではないかと考えます。1900年ごろ、世界人口の23%と世界面積の24%を支配し全盛期を迎えた大英帝国ですが、それらは武力だけで支配したわけではありません。政治の力を狡猾に使って他国を弱体化させ、自らの権力を拡大させていたのです。たとえば、ナポレオン戦争(1803年から1815年)には主にオーストリア、ロシア、プロイセン(後にドイツ)と同盟してフランスを相手として戦いましたが、第一次世界大戦以降はフランスと同盟してドイツと戦っています。インドを植民地化するときでもカースト制度を利用し、階級の区別を固定化してインドの統一を実現させていました。今回のブレグジットでも英国の離脱によって欧州大陸側の力を弱め、相対的に英国の力を高めて欧州地域における地位を高くしようと考えているのでしょう。遠い昔ではない100年ほど前に世界中に植民地があり、「太陽の沈まない大英帝国」といわれたプライドのある人種(特に離脱を高い比率で支持した中高年者)にはこの思想があります。

1921年当時の大英帝国の支配地。「太陽の沈まない帝国」
出典:wikipediaを元に弊社作成

さらに、この年齢層はEU諸国から自由に国境を行き来できる移民が英国に流入してきたことを懸念しており、EUから離脱して少しでも大英帝国が栄えた時代に戻りたいと考えています。これがある程度の経済的に不利な結果になっても離脱を選んだ理由であり、独特のユーモアで乗り越えようとしていると私は考えます。

また、今回のブレグジットの国民投票で英国の議会制度が根本的に崩れるのではないかと私は懸念しています。チャーチル首相は1954年に国会議員の役割を以下に述べています。「議員の第一の使命は英国の安全と栄光のために自分が正しいと思うことを行う。第二は議員の自治体のために行動する。しかし議員は地域のRepresentative (代表)であってDelegate (使者)ではない。第三は党のために働くこと。この順番が大事である」つまり、英国の国会議員は自治体の住民の意思を直接伝えるのではなく、国会議員自身の最善の意見を反映しなければならないと説明しています。しかし、ブレグジットの国民投票は離脱の選択が51.9%でしたが、英国の国会議員が国民選挙で実際に離脱に投票した比率は過半数以下と推定されています。さらに、英国の国会議員の選挙は日本のような比例代表はなく、それぞれの選挙区で最多の票を集めた立候補者が当選します。つまり「広く薄く」支持されている党からは議員は生まれにくいのです。

たとえば、UKIP(英国独立党)は全体で1.8%の票を集めましたが議席の獲得はできませんでした。総議席数は650席なのでもし比例代表があれば多少の席を獲得していたでしょう。国民投票は投票者一人ひとりの票を単純に足したものなので議員選挙とまったく違います。つまり国民投票と議員選挙には「ずれ」が発生します。実際にある自治体の市民が離脱を国民投票で支持したのに対し、その地域の国会議員が残留派でチャーチルのたとえにあるように、国会議員として自身で正しいと思っている残留の訴えを国会で論議や投票をしていますが、その選挙区の市民からたくさんのバッシングを受けています。

そもそも国民投票が必要だったかも疑わないといけません。英国のEU離脱投票は、前首相のキャメロン氏が2015年統一議員選挙の際に国民に実施をすると約束しました。これは、キャメロン氏が保守党からEUの離脱投票を支持している英国独立党に票が流れることを懸念していたからです。しかし、これは本当に英国が求めていることではなく、保守党党首が議員数を守る「短期的」な見方をしたからではないかと考えます。もし英国の繁栄のために長期に物事を考えていたら、国民投票は実施しなくても良かったという印象があります。

ブレグジットによって、たとえばEUへの関税実施によりさまざまな悪影響が予想されますが、個人的にはスコットランドや北アイルランドの分裂が一番の懸念材料だと考えています。英国はイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4カ国から形成されており、スコットランドは62%、北アイルランドは55.8%がEU残留の方を選びました。スコットランドはEU離脱投票の前の2014年に英国から独立する投票がありましたが55.3%の比率で英国連合国に残る選択を選んでおります。英国がEUから離脱した後にEU残留が可能な選択の条件でスコットランド独立投票が起これば英国は分裂するかもしれません。北アイルランドでは長年紛争がありましたが、1998年のベルファスト合意によって国境は取り除かれ、自由に国境を渡ることができ、比較的平和な状況が続いています。しかし、「合意なき離脱」の結果になると「ハードボーダー」(パスポートチェックなどの厳格な国境管理)が復活するかもしれません。かつての国境付近の英国警察や軍隊にアイルランド共和国の武装隊が攻撃した過去もありますので、国民の安全が失われる可能性もあります。

このように、英国のEU離脱には貿易という観点だけでなく英国の議会制度の適切性と連合国の分裂の危機を起こす可能性も秘めているのです。こういったことからも、政治も長期的な目線で物事を考えたほうが良いと思っています。

【アナリスト 大岩 賢】