
部員とチャットでやり取りしていると、これまでとは違い「非常に前向き」なテキストが送られてきた。「日頃からの丁寧なコミュニケーションがようやく芽を出してきたか」と一人で悦に入る。数日後、最近仕事への姿勢が変わったことをチャットの文面から感じ取ったと本人に伝えたところ「実は返答に困ったので、AIに上司が喜ぶ理想の部下風に返事を書いてもらったんです」と…。私は一体、何を喜んでいたのだろうか。愛のないAIに心が急速に乾いていくのを感じた。
AIの活用が進み、日々の暮らしに静かに溶け込んできている。「いや、私の生活には関係ないな」そう思っている方も、気付かないだけで、スマホを使ってデジタル世界にアクセスしていれば、AIが過去の検索履歴や行動パターンから勝手に情報を取捨選択し、AIが見せる世界だけを見せられている危険性がある。
特に近年強く危惧しているのが、SNSで「日本は終わった」、「将来、年金は貰えない」といった絶望系の情報が跳梁跋扈している点だ。いつの時代も、時の政治や体制への不平や不満はあったが、その憤りが原動力となり新しい時代が切り開かれてきた。しかし現代の絶望系情報は、自らの将来を悲観するだけでなく、そこから拡散された二次、三次情報に偶然アクセスした他者のデジタル世界を支配し、将来を悲観に陥れている点で質が悪い。
私たちは単なる葦でしかない。風が吹けば倒れるし、水ハケが悪いと腐るし、栄養がなければ枯れる。だからこそ人生を貫く強い軸が必要だ。その一つが長期投資だと思っている。未来の社会に必要な企業を応援して投資するには、将来への強い希望が必要になる。「年金は貰えない」と当たり前のように話す若者の姿を見て、いよいよ日本社会が長期投資家を必要としていると痛切に感じた。
【確定拠出年金部長 西島 国太郎】
