
遠い昔、文明がまだ芽吹く前の原始の時代。
その時代に「いじめ」や「差別」は存在したのだろうか。
家族という最小単位で生き、狩りや採集を分担し、明日を共に生き抜くことが目的だった頃。そこには、敵や味方という区別すらほとんどなく、ただ「生きる」という一点に向かって力を合わせていたのではないか。今よりはるかに不便な暮らしだったはずだ。それでも、そこには確かな幸福があったようにも思う。現代のような形での摩擦やハラスメントは、おそらくまだ生まれていなかったのではないか。社会が複雑になり、比較が生まれ、利害が交錯するようになって、私たちは初めて「他者」という存在を強く意識し始めたのだろう。
人類は、これまでに三つの大きな革命を経てきた。第一の農業革命は、人が自然を管理し、食糧を安定的に得る力を持ったこと。第二の産業革命は、機械によって生産性を飛躍的に高めたこと。第三の情報革命は、知識とネットワークを瞬時に共有できる力をもたらしたこと。
しかしその進化の裏で、私たちは何を失ってきただろう。共同体から個へ、協働から孤立へ。人と人をつなぐはずの技術が、むしろ心の距離を広げてはいないだろうか。SNSで共感を示す一方で、誰かの痛みに触れられない時代。私たちは便利さと引き換えに、「人間らしさ」という最も大切な資産を削ってきたのかもしれない。
今、人類は第四の革命であるAI革命の夜明けに立っている。この変化は、これまでのどの革命よりも速く、深く、目に見えぬ速さで進行している。AIは、想像を超える速度で多くの知的労働を代替し、私たちの「考える」という営みさえ揺さぶり始めている。このまま効率を極めれば、人間の存在価値はどこに残るのだろうか。AI革命は、利便性の追求の終着点にある。
そしてその先に来るのは、第五の革命、「人間の革命」だと私は提言したい。人間がより、人間らしい生活をしていく時代に突入していく。逆に言えば、人間には、それ以外に為すべきことが残らないのかもしれない。時代は巡り、再び「人として生きる」ことの意味を取り戻していくかもしれない。共感し、誰かを愛し、大切な人と時間を過ごし、自然の中で、健康に生きていく。効率や成果ではなく、調和や安らぎ、そして生きる実感こそが豊かさの基準になる時代だ。そんな未来はどうだろう。
技術の進化が進めば進むほど、人間の存在が問われていく。どう生きるか、何を信じるか、誰と共にいるのか。その答えを探すことが、次の時代を生きる上での最大のテーマになる。
未来を正確に言い当てることは不可能に近い。
だが、これまでの歩みと現在を重ねながら、大きな世界の潮流をイメージすることはできる。社会はどう変わり、どんな企業やサービスが人間の尊厳を支える存在になっていくのか。それを考えることこそが、長期投資の醍醐味である。
面白いものだ。AIが効率を極めるほどに、私たちは人間らしさに戻っていくのかもしれない。その時代に備え、心と時間の在り方を整えること。それこそが、これからの人間の革命を生き抜く、最も確かな投資だと私は思う。
その未来は、すでに私たち一人ひとりの選択から始まっている。
【取締役副社長 熊谷 幹樹】


