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中国の思想家・孔子は弟子が大きな包丁を手にして鶏を捌く様子をみて「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と評した。鶏を捌くにはよほど不釣り合いな巨大な包丁だったのだろう。実はこれに似たことが最新のAI半導体チップ市場で起きている。

エヌビディアが開発したGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)は、その名の通り、ゲームや映像の描画処理において真価を発揮する。デジタル画像は「ピクセル」と呼ばれる無数の点で構成されており、GPUはそれぞれの点の座標計算や色の指定といった膨大な演算を、並列で高速に処理する能力を備えている。さらにスムーズな動画を描写するためには、この計算を毎秒何十回と継続しなければならない。この圧倒的な並列処理能力こそが、膨大なデータから相関関係を導き出す「学習」と呼ばれるLLM(大規模言語モデル)の構築において、不可欠な技術となった。

ここで「牛刀」の議論が重なる。AIの社会実装が進むなか、多くのユーザーが日常的に利用するのは学習済みのモデルに回答させる「推論」だからだ。推論ではGPUが持つ高度な演算能力は時として「過剰なスペック」になる。AIからの回答を得ることが目的ならば、それに特化した半導体チップ(ASIC(特定用途向け集積回路))で事足りる。またGPUを動かすには莫大な電力も必要になる。まさに鶏を割くために牛刀を使うことに他ならない。こうしたなかでアルファベット社(旧グーグル社)はTPU(テンソル・プロセッシング・ユニット)というASICを開発した。「牛を捌く機能(高精度演算)」を捨て、LLMの実行だけに特化した「専用の小刀」である。

もちろんGPUの用途が消えるわけではないだろう。航空機の設計に不可欠な流体力学シミュレーション、気候変動予測、金融工学におけるデリバティブ評価など、極めて高い精度が要求される領域では、今後も「牛も捌ける牛刀」たるGPUが主役であり続けよう。

このようにGPUとASICは用途に応じて別々の道を歩むのではないかと思われるが、それ以上に筆者の関心を掻き立てるのは各企業の総合的なAI戦略である。なぜならLLMはAIという広大な大海の「入り口」に過ぎないからだ。企業側がいかに入り口のコストを下げて数多くの顧客を呼び込み、その利便性でユーザーを自社のエコシステムに深く繋ぎ止めるのか。入り口の技術論や事業化の難しさに拘り過ぎると、大きなトレンドが見えなくなる。LLMは高度情報化社会の重要なアイテムだが入り口に過ぎない。次の時代の覇者は入り口を梃子にAI関連ビジネスを戦略的に展開してゆく企業になるだろう。

【運用調査部 アナリスト 小宮 力】

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