
絶望的な生活苦の果て、体制の破壊に希望を見出す。強烈なリーダーシップを有する人物が大義を掲げ、民衆に宿った期待が束の間の痛みを麻痺させ、そして事は成る……革命である。
しかし大事の後には麻酔が解け、民衆は徐々に痛みと呼ばれるものを思い出す。多様なる社会で全員一致の満足など存在しない。新たなる苦痛が不満へと育ち、そして無責任にも再び、せっかく成った新体制の転覆を願うようになっていく。あとは次なるリーダーを待つだけだ。
尊敬すべき、損な役回りのリーダー
支配される側だと認識される民衆こそが世を支配する時代となった。特に現代人はソーシャルメディアという暗器を得たことで、名のある相手ほど楽に処刑が可能。根拠が事実かどうかなど無関係。匿名・遠隔で誰でも手にかけることができる。
故にリーダーとは目指すだけ損な役回りとなったわけだ。余るほどの財や権力を望めないのならば、リターンがリスクに到底見合わない。心から未来を憂う無私な正義者か、目立ちたいだけの馬鹿者しかその身を世に晒さないだろう。
あくまでも個人の考えであるが、叩かれることを厭わずに社会に名を売る政治家や活動家は、思想の是非はともかくとして尊敬に値する。他方で、誠も嘘も制御できないソーシャルメディアは見る価値に乏しい……いや、見る側の価値観が問われていると言っていいだろう。無論、広告の陰に隠れた一部のマスメディアの扇動行為も是正すべきだと思う。
探しても見つからない安寧を提示するのがリーダー
本論に戻ろう。暴力による支配は永くは続かない。なぜなら、いつの世でも求められるのは安寧だからだ。そして万民の安寧など存在しないからこそ、時に暴力が正当化される。
昨今の米国大統領の「力による支配」は、国際協調のみならず共生という人類社会の秩序に亀裂を入れ、民衆を利己主義的な方向へ導いた。軍事力を誇示し、平伏さない国々には経済制裁で威圧をする。身内である米国人ですら与しなければ首が飛ぶ。世界最強国のリーダーが見せる我儘な背中は、縮図となる社会、地域、そして企業間にも見ることとなる。
しかし、そろそろ米国民も気付き始めただろう。MAGAの暴挙が米国の富を減少させているということを。強硬的な武力行為や関税政策は各国の米国離れを生み、かけがえのない財産である信頼を失墜させる。実際のところ、米国民はすでに嫌気がさしているのかもしれない。
行き過ぎた利己主義に民衆が不快感を覚えれば、必ず自浄作用が働き始める。しかしそんな作用にはきっかけが必要であり、そこには常に新たなるリーダーの存在が求められるのだ。
断固たる実行力をもって世界は変えられることを示した。そして名指しで罵倒されても怯まない勇気をも示した。先述した通り、筆者はその点だけにおいてドナルド・J・トランプ氏を尊敬する。スーパーマンほどのヒーロー像を生み出せる米国が、なぜ暴君を選んだのかの真意は不明だが、次なるリーダーは彼の過ちと行動力を学んだ素晴らしい人物が立つことになるだろう。いや、そうならないといけないと考える。
【2026.1.18記】代表取締役社長 澤上 龍






