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世界の健康危機とフードサプライチェーンの問題

(注1) FAO食品価格指数、世界の食料状況

国際連合食糧農業機関(FAO)の食品価格指数(注1)はコロナ禍で今年1月から急落していましたが、8月に3か月連続で回復しました。中国の穀物輸入需要増に対し米国のトウモロコシ不作の予想や、油糧種子生産国でコロナ禍による生産遅延が起き、植物油の供給がタイトになっているからです。他方、食肉は主産地の加工停滞と飲食店休業による需要減が続いており市況は引き続き軟調です。
FAOは2020年半期報告書で特集(注2)を組み、Covid-19の健康危機が食料危機につながるリスクについて、リーマンショック時の食品指数と比較分析しています。2008年は北京オリンピックの中国高度成長に次ぎリーマンショックの金融危機が訪れ、砂糖や食肉は強い実需を背景に投機資金が商品市場に介入し経済危機にありながら市況が高騰する構造でした。今回の市況変動は、公衆衛生のためのサプライチェーン分断と外出規制が主因で、経済活動再開とともに数多くの事業者が市場取引に参加しており、取引の正常化で市況に反発力はあると分析しています。ただ、貿易市場シェアが12年前よりも上位国に集中度が高まっていることで、インバランスを招きやすい背景があります。
コロナ禍で起きている問題はアフリカ等の低所得の食料輸入国の信用危機につながることです。低所得国は、鮮度管理や貯蔵設備が未整備でぜい弱なシステムのため収入減に直面し、1~4月は対ドルで通貨が急落しています。輸入コストが急騰した中低所得国の平均金利は3.5%上昇し、新規調達金利は10%台となり(注3)、低所得国では公衆衛生の危機が食料危機につながる予兆がみられ、これ以上の脅威にさらされないよう支援が必要です。

中国の食料問題が顕在化か?

中国では、おもてなしが足りないことを恥と考え一皿追加する食文化があり、中国科学院の2015年の4主要都市調査(注4)では、各消費者が1食93gを廃棄し、学校給食や大型食堂での廃棄割合は野菜29%、主食24%、食肉18%です。4都市合計で1700万~1800万tの食品ロスが発生し、韓国一国の量と同水準と推計されています。
2013年から習近平国家主席のクリア・ザ・プレ-ト・キャンペーンが始まり、食の浪費を撲滅し健康的に生活する活動を続けています。食料自給率の高い中国でも、「中国農村発展報告2020」(注5)で、2025年に3大穀物の需要が国内産では2500万t不足すると公表しました。中国は世界2位の穀物生産国で20年は小麦1.34億t、トウモロコシ2.6億tを収穫する予定で、さらにトウモロコシ7百万tを輸入する計画を立てています。ところが主な調達先の米国の不作予想や、長江流域の大洪水で耕作地被害が深刻になっている不安を反映し、大連商品取引所のトウモロコシ先物価格は6月末から7月末で10%上昇し数年来の高値圏にあります。
2020/2021穀物年度の世界の穀物生産は27.8億t、期末在庫を9.2億t(中国在庫が47%)の想定ですが、6月にはコロナ禍により穀物在庫が数年来の高水準8.5億tに達し、輸出・輸入国の集中で偏在している各国在庫の有効活用のためバルク船のバッファー機能はじめサプライマネジメントの見直しが検討されています。

食品ロスの削減は世界の切実なテーマ

FAOは2019年世界食糧農業白書で、収穫から小売段階まで食料生産の14%が失われており、キーメッセージとしてサプライチェーンの各段階で損失が発生する理由を突き止め、食料品廃棄を削減することが食料安全保障・栄養・環境の持続性につながる重要な課題と伝えています。食品ロスと廃棄の定量的な報告書は2011年(注6)に遡り、地域や品目別に収穫から外食までの段階で北米や欧州では消費段階の食品ロスが多く、コンビナート化が進んでいる穀物や食肉は製造段階の廃棄が少ない一方、アフリカ等の低所得国では消費時よりも製造時の損失が多くを占めていました。2016年頃から食品ロス削減が活発化し、フランスでは一定の売上規模の小売業者に売れ残りを慈善団体に寄付する制度や、イタリアでは売れ残りの寄付によってごみ処理費用の廃棄税率を軽減する制度が実施されてきました。飲食店の廃棄予定品をサプライズバスケットで割安販売するスタートアップの実績はありますが、世界的にはそのうねりはまだ小さく、SDGs 2030年目標の食品ロス大幅削減のために時限的ステップを策定する企業が増えています。また、今回の公衆衛生の危機を契機に、グローバルにサプライマネジメントを見直す気運が生まれ、一つの製品を作るための複数の荷主による物流の無駄をさらに無くすための投資は緩むことはないと思われます。

食品ロスのブレークスルーは何か?

日本では一人年間50kgの食品ロスが減らせていない状況です。飲食店での食べ残しや家庭の買い過ぎなど、家庭と事業系あわせゴミ処理費用は約2兆円です。今回、食料輸入国は安全保障のためにも、必需品である食料サイクルのロスを少しでも減らす必要性を再認識しました。大量消費社会の捨てる方が安上がりの発想を変えるブレークスルーとなる技術やビジネスモデルに取り組み、次の世代がより良く暮らせる社会を目指す企業は消費者に支持され、持続的成長が期待できます。食品産業は鮮度、品質管理やトレーサビリティを自社保証で安心安全にするため、自社系列重視の固定的なサプライマネジメントが中心でした。今後は、競争はありながらも系列化から業界共有の標準化で製造や運搬インフラ・方法の見直し、規格外野菜の選果システム、おからや茶殻のような副産物の商品化で廃棄コストを利益に変える「もったいない」の精神を活かすことが求められます。未来を志向し、それらを実現する企業の成長チャンスはなくならないと考えます。

(注1) FAO食品価格指数、世界の食料状況
http://www.fao.org/worldfoodsituation/foodpricesindex/en/
(注2)FAO FOOD OUTLOOK June2020, Special features
(注3) Jubilee Debt Campaign,プレスリリース2020年5月22日
https://jubileedebt.org.uk/press-release/coronavirus-worsens-debt-crisis-in-poor-countries
(注4)出展:中国科学院、ニュースルーム
http://english.cas.cn/newsroom/archive/news_archive/nu2018/201803/t20180327_191074.shtml
(注5)中国社会科学院農村発展研究所
(注6) 世界の食料ロスと食糧廃棄。その規模、原因及び防止策、2011年編集FAO発行JAICAF

 

【シニアアナリスト 歌代 洋子】

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