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テクノロジーと健康

好みのサイズや素材を指定するシャツや家具等、WEB上でセミオーダーできるサービスが増えています。テクノロジーの進化は衣服や住まいにカスタムメイドの領域を広げていますが、私たちの腸内フローラもその一つです。腸内フローラは、お腹(腸内)に生息する千種数百兆個以上の細菌群を指し、腸内細菌叢(ごう)とも呼ばれます。花や豊穣を司る女神が語源のフローラ(flora:花)からは華やかなイメージも浮かびますが、腸内フローラの全容は解明されていません。紀元前からヨーグルトの整腸作用等は経験的に知られるも、免疫細胞の活性や各種疾患への関与が明らかになってきたのは近年です。また、腸には気分を左右する神経伝達物質「セロトニン(通称:しあわせホルモン)」の9割が存在し、脳との関係性(脳腸相関)から精神安定に果たす役割も注目されています。
遺伝や外的環境(食文化、ストレス等)によって十人十色の腸内フローラですが、各自の腸内環境に最適化されたサプリメントを提供するサービスが米国で始まっています。WEBで申込み、宅配される検便キットをラボに返送すればカスタムメイドされたサプリが定期的に届く仕組みです。便秘、肌荒れ、膨満感の改善に加え、生活疾患(がん・高血圧・うつ病等)の早期発見や予防も期待されます。体調を崩してから医療機関で処方される抗生物質に対し、普段から腸内フローラを整え身体本来の力を支える食品が届くサービスは、パーソナルな栄養士やかかりつけ医を持つようです。
遺伝子レベルで腸内は解析され、生活の知恵ともいえる伝統的な発酵食品等の働きが科学で解明されつつある今、カプセル数錠に個人は健康を、国は生活疾患の減少による医療費削減を期待できる日も近いのかもしれません。

生産者の顧客化と収益化が社会課題の解決に

8億1500万人が飢餓に苦しむ現実があります。そして世界の食料供給(生産額)の8割は彼・彼女を含む家族経営の生産者が担っています。 国連が2019年を「家族農業の10年」の始まりとし、家族農業の重要性を強調するのは「貧困の撲滅」と「食料の安定供給」が不可分であり、温室効果ガスの1割を排出する農業の見直しが地球温暖化の抑止に欠かせないからです。
このような経済格差・食料不足・環境問題といった難題を市場機会と捉える企業もあります。生産者とその家族に教育機会や生産改善のノウハウ(環境負荷削減を含む)を提供し、収量と収入を増やす。家計が潤えば、雇用する生産者はいずれ自社製品の消費者となる。持続可能な現地生産・現地消費の経済圏を作り、コミュニティの生活水準の向上を図れば、顧客の創造や原料調達の安定化、引いては業績向上が見込まれます。
「収益事業による貧困等の解決」と先の「ヘルスサイエンスの事業化」の両方を追求するのが、食料品業界のガリバー企業(売上数兆円)です。それら企業は相対的に収益性も高く、稼ぎと社会課題解決は必ずしも相反しない。むしろ低賃金労働、環境破壊、栄養が偏った商品に依存する事業から撤退し、短期の収益より持続性を優先したビジネスへ戦略的にシフトしている動きが伺えます。では、生産者・消費者・株主の三者の共通利益の拡大を図るグローバル企業が栄えれば、私たちの健康や食卓の未来は安泰でしょうか。

食の兆し

国連加盟193カ国に匹敵する販売網をもつガリバー企業は、コロナ禍もユニセフや医療機関と食料支援等を行う等、存在感を増しています。一方、パンデミックと台風等の天候不良が重なる中、私たちの食卓を支えてくれたのは国内の生産者や流通・小売の現場で働く方々でしょう。私事ですが、20年前にタンザニアで腹を空かせ擦り切れた服を着る子供たちと出会い(写真)、日本で棄てられる物が彼の地では渇望される世界を長期投資で少しでも変えていきたいとの想いが弊社を志望した理由の一つです。しかし、目の前の食を担う地域の生産者や企業の存在無くして語る世界の食料課題は絵空事だと痛感します。日本の食料自給率の低下(47%)をグローバル企業が解決してくれるだろうか? 食のハイテク化は生活者にとってブラックボックス化ではないか? 国内農家の経済的困窮を招いているのは私たち消費者のデフレマインドではないか?
企業の収益向上と課題解決、投資リターンと投資意義、世界と日本、サイエンスと伝統。一見すると対局、又は相反することが渾然一体となる領域から、新たな潮流が生まれること、その兆しは日々の暮らしの中にも潜んでいることを忘れないでいたいと思います。テクノロジーの価値を決めるのは使い手であり、ガリバーも地域企業も売上の源泉は消費者です。そして投資家は企業の将来価値にお金を投じます。このように未来とは、投資家であり消費者でもある私たち生活者次第ですから。

【アナリスト 佐藤 紘史】

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