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昨年最大のスポーツイベントと言えば我が国開催のラグビー・ワールドカップを思い出す方が多いと思いますが、あえて筆者はツール・ド・フランス(以下TDF)を振り返りたいと思います。
TDFはプロの自転車レースで、全長3,365.8㎞を23日間、21ステージ(以下s)に分けて行われました。各チームには“エース”と“アシスタント”のライダーが存在し、エースの総合優勝を目指すためにアシスタントがおり、個人戦でもありチーム戦でもあることが魅力の一つです。前年のTDF覇者ゲラント・トーマスが所属するチーム・イネオスはエース役が二人体制という構成で挑みました。
このTDFが大きく動いたのが山岳地帯の第19s。通常であれば平坦sに強い選手が上位になります。これまでイエロー・ジャージ(注1)を着ていた選手は地元フランスの選手で圧倒的な人気を誇るジュリアン・アラフィリップ、2位ベルナル1分30秒差、3位トーマスはさらに5秒差という激戦でした。第19sの最大の難所はTDF最高地点である標高2,770mのイセラン峠。峠の頂上の手前6㎞の上りの地点でトーマス選手が前の二人に仕掛けます。ベルナルは猛烈なカウンターで頂上に1位で到着しました。ここで運命の悪戯が起きます。下りでベルナルを追い越そうとするトーマス選手、しかし7月に考えられない“あられ”の嵐と土砂崩れが発生し走行は中止。結局、イセラン峠の成績が採用されベルナル選手が総合1位へと躍り出ました。トーマス選手は33歳、年齢を考えれば優勝できる最後のチャンスだったかもしれません。対照的にチームメイトのベルナル選手は22歳で今後も優勝できる可能性は数多くあります。逆転の可能性のあった第19sの下りが悪天候によって中断されるなどの不運に見舞われたにも関わらず、トーマス選手は一言も批判や愚痴をこぼさずベルナル選手をサポート。まさにチーム・スポーツマンでした。

新型コロナで自転車に再注目

新型コロナウイルスによって欧米ではロックダウンが発動されたこともあり、自転車での移動が見直されています(自転車は特に鉄道と比べて三密回避が期待されています)。米国のとあるバイクショップの売上は2倍になり、道路団体はサイクリング専用道路を使う人がバージニア州で1.5倍と報告。フィラデルフィアでは中古自転車をキーワーカー(医療従事者など)に提供するサービスに申し込みが殺到したそうです。ロンドンでもキーワーカーが自転車を使う動きがありました。

また自転車は、健康促進にもプラスに働くと考えられます。有酸素運動を一日45分程度行えば急性呼吸器病のリスクは4割減るとされています。(注2)もう少し具体的な数字で考えてみましょう。2010年の我が国の国勢調査によると、15歳以上で通勤・通学している5,842万人のうち、自家用車の利用が46.5%、鉄道は16.1%、乗り合いバス2.5%となっています。首都圏や関西圏では当然ながら鉄道による比率が高く、地方では自家用車の比率が高い傾向になっています。ここで、全国にどれくらい自転車通勤者の可能性があるのかを独自に想定してみます。首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)と関西圏(京都、大阪、兵庫、奈良)の都府県における上記交通機関利用通勤者の合計数は1,567万人ですので、そのうち20%の人が自転車で通勤すると仮定すると約310万人になります。その他の地域(3,380万人)は自家用車の比率(61%)が高いので、その人達の5%が自転車通勤に替わるとすると約100万人となり、合わせて約400万人と予想できます。自転車部品製造会社の調べでは、自転車を使って通勤している人は公共交通機関や自家用車を使って通勤している人に比べて一人当たりの年間医療費の自己負担分が平均で約5割も低い結果があり、被保険者の自己負担分医療費が年間最大約2万円削減できることが分かっています。(注3)これを医療費全体で換算すれば、約2700億円を抑制することができるかもしれないのです。

もちろんデメリットもあります。一番は自転車の路上放置が問題です。先ほどの首都圏のケースでは200万台が増えることになり、当然ながら駐輪場の問題が出てきます。そう仮定すると、さわかみファンドの組入企業である技研製作所の大変優れた機械式駐輪場へのニーズが非常に高まるかもしれません。平置きの場合、200台の駐輪スペースを確保するには25mプールの広さが必要ですが、同社であれば自動車1台分の入出庫スペースでこと足ります。もちろん、地上か地下に容積が必要となるのは間違いなく、単純に新たに1万ヶ所(200万台分)の容積確保は難題です。
第二の懸念は自転車による事故増加です。新型コロナウイルスの外出自粛の影響で、東京都23区内の交通渋滞距離は15%減になりました。しかし車の走行速度が上がり死者数は増えました。(注4)交通量が減り、無意識にドライバーが速度を出し過ぎることが原因です。自転車ライダーも押しボタン式信号のボタンを押さずに横断してしまい、車にはねられて死亡したケースもあります。在宅勤務が定着し自動車の交通量が減った場合には、ドライバーと自転車ライダー双方の安全意識の高まりが必要です。
自転車先進国と言われているデンマークでは、自転車専用レーンが数多くあり、共有の空気入れも置いてあります。日本とデンマークの自転車事故死亡状況を統計的に比べてみますと、デンマークの自転車通勤比率は36%で日本の12%の3倍ですが、100万人あたりの死亡率はデンマークでは4.8人(日本4.0人)です。様々な要素があると思われますが、通勤比率を勘案すると6割ほどデンマークの方が事故死者数は少ないことになりますから、学ぶところはたくさんあるはずです。自転車通勤や利用には課題がありますが、安全に利用できる環境が整えば健康にも環境にも貢献できると考えます。

最後に。冒頭のトーマス選手は4年間の自転車競技を続けた後、筆者自身も挑戦しているアイアンマンレース(長距離トライアスロン)に挑戦すると宣言しております。秘かに同じトラックで(自転車では相当引き離されますが)競い合えることを楽しみにしております。

注1)総合1位の選手が着るサイクリング業界で最も名誉な上着とも言われる。黄色の表紙であるル・オート新聞紙がスポンサーになったことがシャツの色をそうさせたという説、他には、主催者ができるだけ派手な上着を1位の選手に着せたいと要望した際に仕立屋が黄色い布しか用意できなかったという説も。フランス語ではマイヨ・ジョーヌ。
注2)Ann Fam Med 2012/7月 Bruce Barrett氏など。
注3)株式会社シマノの調べ。サイクリングッド Vol. 7
注4)日本経済新聞 2020/5/4 閑散な都市、死亡事故増える 速度違反など目立つ

【アナリスト 大岩 賢】

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