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▲ホスピス住宅例(筆者撮影)

年々増え続ける日本の死亡者数は、2039年には約167万人に達すると予測※されます。2019年の死亡者数と比較して約29万人も多く、この方々の「最期を迎える場所」が不足していることが大きな社会課題となっています。看取りは、超高齢社会における日本の重要課題の一つです。

一方で、政府は増大する社会保障費の削減のために、病院のベッド数を減らす方向です。地域医療構想という政策を進めており、効率的な在宅ケアが行われるよう医療と介護の連携に基づく地域包括ケアを求めています。病床が多すぎると医療が過剰になり、在院日数が不必要に長期化し医療費が増えてしまうからです。国の目論見では病床の削減で患者をなるべく早期に退院させると共に、病院から地域医療へという流れを作りたいと考えています。しかし「症状は安定したため急性期病床にいる必要はなくなったけど、密な看護ケアは必要である」あるいは「これ以上、厳しい副作用と闘いながら受ける治療は望まないが安心できる療養生活を送りたい」等の患者はどうすれば良いのでしょうか。

特別養護老人ホームなどの介護施設には看護師の夜間配置義務がないので、医療依存度の高い人の受入が前提ではないのが現状です。ですので、病床を減らした影響を和らげるためには、現在の介護施設だけでは十分ではないということです。医療が必要な慢性期、終末期にある患者を受けとめる対策を考えることが必要となります。特に高齢化により年々増加しているがん患者においては介護施設の入所を断られるケースが多いようです。なぜならば、がんの最期は激しい苦痛を伴うことも多く、鎮痛剤の対応などきめ細やかなサポートができる緩和ケアの体制が整っていないと厳しいのですが、この緩和ケアができるスキルを持った看護師が介護施設には少ないためです。

高齢者の健康に関する意識調査(2012年度内閣府)によると、最期を迎えたい場所について自宅が54.6%と最も高くなっています。しかし現在では、医療機関で死亡する方の割合が約8割であることからも、多くの人が自宅で最期を迎えることは現実的には難しいのが実状です。自宅で最期まで療養することが困難な理由としては、訪問してくれる医師がいない、訪問看護・介護体制が整っていない、介護してくれる家族がいない、家族に負担がかかる、等様々な要因が挙げられます。

このような状況で、私が注目しているのが“ホスピス住宅”です。厚生労働省の医療政策により入院日数の短縮を迫られている病院と、自宅に戻って自由度の高い生活を過ごしたい患者のニーズを満たすことを目的として、24時間365日対応が可能な訪問看護、訪問介護及び住宅を組み合わせたものになります。特徴としては、生活の場という考え方であるため、どのように過ごすかは本人や家族が決めた上で生活面・医療面で必要なサポートを提供しています。病院では難しいけれどホスピス住宅でできることとしては、「桜の時期だからお花見がしたい」「温泉に行きたい」「カウンターでお寿司を食べたい」等の希望を叶えることです。また無機質な病院と違い、部屋の作りも病気になる前の自宅に近い感じにセッティングすることもできます。病院でリスクを減らすために様々な制限を受けている姿を見て、これではかわいそうだと感じた家族が、ホスピス住宅に相談に来るケースもあるそうです。病院では誤嚥(ごえん)のリスクがあれば口からの食事は禁止になりますが、食べることが唯一の楽しみという終末期の方は好きなものを食べるという選択ができます。ホスピス住宅では、本人や家族とコミュニケーションを取り、リスクを承知の上で同意があれば、医師の協力のもと、できるだけ本人の望み通りにしていています。

ホスピス住宅を複数展開している会社はまだ多くありません。しかし今後、看取りの場が不足していく中で、ホスピス住宅は社会問題の解決の一つになると考えます。「どう死ぬか」は「どう生きるか」であり、日本人の最期の時間の過ごし方がより充実したものになればと思います。自分や家族の終末期については、できるだけ考えたくないことではありますが、死亡することは避けては通れないものであり、それについて国民一人ひとりが目を向け、対策や方向性を考えることが必要なのではないでしょうか。

【アナリスト 中川 真紀子】

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