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若い時は経験にお金を使うべきか?

「夏のあいだ、勤勉なアリは冬の食料を蓄えるためにせっせと働いた。一方の気楽なキリギリスは自由に遊んですごした。やがて冬が到来した。アリは生き残り、キリギリスには悲惨な現実が待っていた…。
 この寓話の教訓は、人生には、働くべきときと遊ぶべきときがある、というものだ。もっともな話だ。だがここで疑問は生じないだろうか?アリはいつ遊ぶことができるのだろう?」

シンプルだが鋭い前書きで始まるベストセラー『DIE WITH ZERO』の著者、ビル・パーキンス氏は本書で「人生で大切なことは、財産を増やすことではなく、経験による記憶を増やすことである。若いうちは、節約して将来のためのお金をつくるより、今しかできないことにお金を使うべきである」と訴えます。
私が社会人になった当時、上司や先輩など多くの方から「若い時は何でも経験だから、人と会ったり、どこかに行ったり、兎に角、お金は貯めるよりどんどん使ったほうがいい」と言われたことを記憶しています。そもそも「若いうちは、お金はどんどん使うもの」というのは正しいアドバイスなのでしょうか?

 

FIREムーブメントの広まり

「今しかできないことにお金を使うべきである」という考え方を氏が訴える背景には、現在、ミレニアル世代を中心に世界的なムーブメントとなっているFIRE思想が関係しています。FIREとはFinancial Independence(経済的自立)、Retire Early(早期退職)の頭文字をとったものです。昔からよくある早期リタイアとの違いは、30代までに早期リタイアしても困らない経済的に自立できる仕組みを持つことです。FIREの実践者は、「1秒でも早くリタイアするために、節約して1円でも多くお金を増やす」体験談をSNSを通じて拡散しています。米国発のFIRE思想はヨーロッパへ広がり、その後、日本でも広がりつつありますが、そんなに早いリタイアは可能なのでしょうか?
FIRE思想の拠り所が、1998年に発表された論文『Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable(退職貯蓄:持続可能な引き出し率の選択) ※1』を根拠にした4%ルールです。4%ルールの代表的な例を挙げると、「米国において、全資産の50%を株式、50%を債券で運用した場合、毎年、最初の資産の4%まで引き出しても30年間で資産がゼロになる確率は5%以下である」というものです。
例えば、お互いが年収400万円の夫婦で、互いの手取り年収の合計は約620万円だとします。節約して、毎月20万円で生活すると年間生活費は240万円となり、計算上は残りの380万円を投資や貯蓄に回すことができます。年間生活費の240万円を4%ルールに当てはめて計算すると、FIREに必要な額は6,000万円(240÷4%=6000)。利回りを考慮せず毎年380万円を積み立てていくと、約16年で6,000万円をつくることができ、20代で始めると、40代前半でのリタイアが可能であるという計算です。

※1:https://www.aaii.com/files/pdf/6794_retirement-savings-choosing-a-withdrawal-rate-that-is-sustainable.pdf

 

FIRE思想はミレニアル世代の消費や働き方の現れ

一方で、FIREでは厳しい節約が伴います。レジャー消費や友人や知人との交際費、子供への教育費といった支出を大きく削ることになりますが、大きな代償を払ってまでミレニアル世代やジェネレーションZ世代※2にFIREが広まる理由について、私は2点あると思います。
1つ目は、環境意識の高さによる消費行動の変化です。彼らの世代は、地球の温暖化や異常気象による災害が世界各地で発生している状況をリアルタイムに学習しています。そのため、環境に対する意識が他の世代より高いという調査結果があります※3。また、ブランドや高額消費に対してネガティブな考え方を持つ結果、ブランド志向が低く、コストパフォーマンスが高いものを好む傾向にあり、FIREの前提となるお金のかからない生活スタイルが可能な点です。
2つ目が働き方に対する考え方の変化です。彼らの親にあたるブーマー世代は、世界的に戦後のハードワークを経験している世代です。その対価として、高水準の退職給付や年金といった制度で老後にお金を得る仕組みがあります。しかしながら、2016年に出版された『LIFE SHIFT(リンダ・グラットン著)』では、長寿命化によりこれまでの人生プランの再考、再構築の必要性が訴えられ、社会保障制度に関しても大きな見直しが必要との認識が広がっています。「人生が100年もあるのが当たり前になるならば、親世代のように働いてメリットを享受できるのか?」といった考え方から、いつまでも働き続けることに対するアンチとしてFIRE思想が広がることは理解できます。

※2:Boomers(1946年~64年生まれの57歳~75歳)、Generation X(1965年~80年生まれの41歳~56歳)、Millennials(1981年~96年生まれの25歳~40歳)、Generation Z(1997年以降生まれ)

※3: 電通パブリックリレーションズ 企業広報戦略研究所 「2020年度 ESG/SDGsに関する意識調査」より

https://www.dentsu-pr.co.jp/releasestopics/news_releases/20200929.html

 

大切なことは人生の選択肢をお金に左右されないこと

FIRE思想は、これまでにない価値観や働き方を前提にしており、世代が違うと理解が及びませんが、彼らを批判しようとは思いません。なぜなら彼らの行動が、若いうちに資産をつくり、その後の人生の決定権を自分で持ち、人生をより主体的にコントロールしようとする意志の表れとも言えるからです。ただ一方で、「若く収入が低い時のお金」の価値が高いことは誰もが知っていますし、人生において最も多くのことを経験できる時間をお金に捧げるのは、非常に勿体ないことです。本来であれば、「お金のために働くのではなく、好きなことを仕事にしてお金を稼ぐ」ことが理想ですが、現実はそうはいきません。それは、生活のための収入を好きなことで確保できるとは限らないからであり、また、自分がやりたいことに出会うタイミングがいつ訪れるか分からないからです。
私は、この問題を解決する方法が長期投資であると考えます。社会に出て、様々な経験を経て、何かチャレンジしようとした時に、長期投資である程度の資産がつくれていれば、「ローンが払えなくなる」や「老後が心配」といった憂いから解放され、本当に挑戦したいことに取組めるのではないでしょうか。人生は一度きりです。20代や30代にしかできない経験があり、それがもとで違う人生が開けてくることもあるでしょう。それを知っている私たち長期投資家には、未来のために彼らが長期投資に出会うチャンスをつくる責任があるのです。

【アナリスト 西島 国太郎】

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