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昨今、新聞やニュースで“メタバース”という言葉を目にする機会が増え、株式市場でも一つのテーマとなってきています。メタバースが注目されているのは、米国の巨大テック企業群のGAFAを筆頭に巨額の資金がその分野に投じられたことが背景にあります。中でも特筆すべきはFacebookです。同社は2021年10月に社名を“Meta(以下、メタ)”に変更し、メタバースというキーワードの認知が世界中で大きく進みました。実際に日経新聞電子版で“メタバース”と検索すると、関連記事の総数は446件(5月24日現在)、その内の416件(93%)は2021年10月以降の記事です。

 

メタバースとは何か?

メタバースとは、英語で超高次元を意味する“メタ”と宇宙世界“ユニバース”を組み合わせた造語で、元々は1992年に発表されたニール・スティーヴンスンのSF小説“スノウ・クラッシュ”に登場する仮想空間の名称でした。これが最初に現実のものとなったのは2003年のLinden Labが開発した“セカンドライフ”です。3DCGで構成された仮想空間内に大手企業がこぞって進出するなど、当時は一大ブームを引き起こしました。

メタバースに明確な定義はありませんが、日本では概ね“仮想世界”と紹介されています。その特徴は、インターネット上に3DCGの世界を作り、アバターを用いてその世界を自由に動き回ったり、他人とコミュニケーションやゲームを楽しめるプラットフォームであることです。メタバースの未来をイメージすると、2018年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の映画“レディ・プレイヤー1”で描かれたように、主人公が現実世界でスタイリッシュな形状をしたヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)と、仮想世界で物に触れた感触を再現するハプティック技術を用いたグローブとスーツを装着し、“オアシス”という仮想世界にアバターとして入って駆け巡るシーンを思い浮かべますが、残念ながら現代技術はそこまで到達していません。

映画の世界にはおよびませんが、現在は勃興期ということもあり、様々な種類のメタバースが登場しています。その多くは、現実の世界を模して再現したメタバースと、ゲームの世界観を再現したメタバースの二種類に大別できます。ユーザー数で見るとゲームのメタバースが先行しており、Fortniteは約3.5億人、Minecraftは約1.4億人となっています。これは現実世界のアメリカの人口3.3億人、日本の人口1.2億人に匹敵するユーザー数になっています。

 

メタバースが求められる背景

2020年にCOVID-19が世界中に蔓延したことで、コミュニケーションのあり方について人々の意識が変化しました。大企業を中心にテレワークが浸透し、Zoomのようにインターネットを介したコミュニケーションツールが活用され始めました。ビデオ会議システム自体は特に新しいものではなく、20年前からそれほど変化していないテクノロジーですが、社会と意識が変わることで急速に普及しました。当初は苦肉の策でしたが、リアルよりもバーチャルで行った方が良いコミュニケーションもあるということに気づき、よりバーチャルなプラットフォームをメタバースに求めたと考えられます。

また、メタバースを支えるソフトやハードの変化も大きいです。開発環境のソフトウェアでは、Unreal EngineやUnityに代表される3Dの物理空間を容易に再現可能な開発プラットフォームが低価格で利用できるようになりました。ハードでは描画機能を担うGPUの性能が向上したことで滑らかな視覚効果を得られ、利用者がより没入感を楽しむHMDも解像度が2K程度のものであれば手の届く価格帯になってきています。つまり、ソフト・ハードの性能の向上とコスト低下が追い風になっています。

 

メタは間違えた?

しかし、このメタバースを“次世代のコミュニケーションプラットフォーム”と考えると見誤る可能性があります。冒頭で、メタが社名まで変え事業の柱をメタバースに舵を切った話をしましたが、同社のこれまでの強みを考えると誤りであることに気づかされます。

同社の主力サービスであるFacebookはシンプルなサービスで、実名で個人情報を登録すると、繋がるべき友達候補のリストが用意され、友達申請や承認もクリックするだけで済みます。日々の操作は、タイムラインに流れてくる友達の日常の投稿に “いいね”ボタンを押すだけで済みます。ユーザーにとって、リアルの人間関係をシンプルな操作で維持できることは大きなメリットでした。同社はこのメリットを約19億人(デイリーアクティブユーザー数)に提供することで、継続的な広告収入を得ることが可能となり、2021年には約1,179億ドルの売上を得たのです。操作がシンプルで、かつその操作に対して大きなメリットが得られることは、多くのユーザーを獲得するための鉄則だったのです。Googleもこの鉄則に従っており、検索窓が一つである理由はそこにあります。

この鉄則をメタバースに当てはめた時に、果たしてユーザーはシンプルな操作で大きなメリットを得られるでしょうか?HMDを身に着けて仮想空間にアクセスし自由に動き回る、という操作はシンプルとは言い難いです。また、仮想世界で自由に動き回れることは一見すると大きなメリットと考えられますが、一度体験してしまえば好奇心も薄れ、目的がなくなってしまうと継続は困難でしょう。アバターを使ってコミュニケーションをとることが目的だとしても、それが既存のSNSやビデオ会議システムと比較して満足できる結果につながるかどうかには疑問が残ります。そして利用時間についても致命的な欠点があります。メタバースの利用時にHMDで視覚を覆うとなると“ながら作業”には向かず、移動時間の合間や隙間時間にスマートフォンを使って簡単に利用できそうにありません。このように現代の生活風景に照らしてもメタバースを日常的に利用するには、操作と時間の面でコスパが悪いのです。

しかし逆に、明確な目的を持った利用だと話は変わります。ゲームやライブ、スポーツでは現実世界にはない“没入感”という体験がプラスに作用し、そのコンテンツに興じた後は同じ趣味を持つ人とコミュニケーションを取りたいという要求にも応えられます。つまりメタバースが勝者となるためには、時間を費やしてもいいと思えるほどの強力なコンテンツを持つことが必要で、人とのコミュニケーションはあくまで付属品なのです。

私の仮説か、人々を繋ぐことにフォーカスを当てたメタが間違えているか。2030年には答えが出ていると考えています。

【トレーダー 新野 栄一】

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