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 日本では農業に使用される薬を全てまとめて「農薬」と呼び=体に悪いモノとしてイメージが定着しています。しかし、一方で農薬は農作物の健康を維持し“生かす”ためのクスリでもあり、実は医薬品とほぼ同じ成分でできているモノもあります。国内ではあまり良い印象を持たれてこなかった農薬ですが、今後の世界の食料問題の中で日本発の農薬が大きな役割を果たすと期待されているのです。
 
 
食糧事情と農薬への期待
 
 国連の直近の発表では、世界の人口は2038年に90億人を超えるとされ、それを受け食糧生産量を現状から60%UPさせる必要があるとFAO(国連食糧農業機関)は発表しています。これには単純な人口増加による食糧需要だけでなく、食文化の変化による飼料需要の増加も含んでおり、長期投資家としては大いに注目すべきところです。 
 今、この世界的な課題に農作物の生産と保存のそれぞれで貢献できる農薬に期待が集まっています。
 穀物を例にとると1960年の「みどりの革命」と言われる世界規模の農業技術革新は、50年の間に1.1倍にしかなっていない耕作面積に対して収穫量をなんと3.2倍にしました。今後も耕地面積の拡大は都市化との競合や土壌の劣化、水の偏在などからも楽観はできず、生産性(収量/面積)のさらなる向上が必須の課題です。また、収穫から出荷までの間に約3割失われる農作物を守ることにも大きく貢献できると考えられています。
 
 
目立つことのなかった国内事業
 
 これまで、日本企業の農薬事業は成長性や競争力の面であまり注目されてきませんでした。
 その一番大きな原因は企業の規模と考えられます。冒頭に書きましたが、農薬の開発は実は医薬品の工程とほとんど変わりません。しかも必要とする患者のみが摂取する医薬品と違い 、消費者が毎日口にする食事(しかも植物が摂取後)に繋がっているため、販売されるまでの試験は医薬品より膨大になり、新剤発売までの開発費用が100億円・期間が10年以上かかると言われています。そのため現在でも世界シェア上位は資本力のある欧米メジャーで占められ、この分野で日本最大の住友化学でさえ世界シェア3.5%(10位)にとどまっています。
 このような歴史的な背景もあり、結果的に近年に至るまで日本の農薬事業の研究開発は国内向けの水稲、果樹、野菜への技術開発に特化してきました。そのために、日本の農薬事業は保守的と見られ国際的な競争力について注目されることはありませんでした。
 
 
研究開発の多様性に注目
 
 ところが今、日本の農薬事業の研究開発の多様性に国際的な注目が集まりつつあります。その根拠となるのは、世界売上のシェアは全社合計で10%に満たない日本でも、実は新しい農薬になる可能性を持つ化合物の特許では25%以上のシェア(1980年以降の累計)を担っているという事実です。
 ある企業の説明会で、希少な果物に年に一度しか散布できない農薬の製造を長年担っていると伺ったことがあります。国内に特化したのは必然とはいえ、生産者の多種多様に渡るニーズに細やかに応えてきたことが歴史的に研究開発に多様性を与えていることを実感できます。
 
 
一方で多様性を失う世界
 
 現在、日本以外に農薬の新規化合物を開発しているのは欧米メジャーにほぼ限られています。そのメジャーでは今年に入り上位5社(売上シェア約65%)が合併などで3社になることが発表されており歴史的な再編が進んでいます。この再編の引き金は、そのメジャーに大きな利益をもたらしてきた遺伝子組み換え作物と農薬のセット販売ビジネス(以下GMO)が成長の転換点を迎えている事実であると言えます。
 GMOは人類の食糧問題に大きく貢献してきた反面、種子の開発に多額の投資を要し、その対象が特定の穀物に限られることから投資や研究開発が先鋭化し、これまで見えなかった弱点も顕在化しつつあります。
 
 
期待から実績へ
 
 実例として既に自然の耐性により生じたスーパー雑草といったGMOの綻びを日本の農薬の多様性が補い、世界の食料供給を水際で支える事例も出てきています。
 勿論欧米メジャーの補完的な役割だけでなく、日本が特化してきた水稲ではGMOでない増産が今後も世界規模で期待されていますし、果樹、野菜は新興しているアジアではすでに生産が増え、そこへ向けた売上も伸びています。
 こういった世界の動きと重ね合わせると、決して社会的な意義の高さだけに留まらずビジネス拡大の機会が到来している日本の農薬事業に期待が高まります。
 
【アナリスト 斉藤 真】

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