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【パリモーターショー取材報告】

秋も深まり今年も残す所わずかとなりましたが、自動車業界では、秋と言えば、新年式の商品を披露するモーターショーシーズンの幕開けです。今回ご報告する10月のパリショーを皮切りに、11月はロサンゼルスと広州で大規模なショーが開催され、年が明けると1月にデトロイト、3月はジュネーブ、そして4月にはニューヨークと上海、と言うように国際モーターショーが目白押しです。パリでのモーターショーは、初回開催を1898年に遡り、歴史と規模において世界有数のモーターショーとして偶数年の秋に開催されています。今年の来場者は、世界各国からのジャーナリスト・アナリスト約1万人を含め総数は約100万人を数えたとの発表が先日ありました。


■コンセプトだった次世代技術が徐々に実用化へ

~ドイツ高級車も電気自動車を個人向けに発売~
最近、自動車業界では「CASE」という略語が頻繁に使われます。これは、Connectivity(つながるクルマ), Autonomous(自動運転), Sharing(シェアリング), Electrification(電動化)の略ですが、この「CASE」という言葉が初めて使われたのが、前回16年のパリショーでのMercedes-Benzの記者発表でした。2年が経過した今年は、当時はコンセプトとして謳われていたそれらの技術が、いよいよ多くの人々が実際に運転するクルマとして具現化してきました。例えば、電気自動車(EV)はTeslaやSmartに続いて日本メーカーでは三菱自動車と日産自動車が10年に個人向けに販売を開始し、12年には日産と提携関係にあるルノーが市販化していましたが、間もなくMercedes-BenzやAudiも発売に踏み切ります。

~近未来のパワートレインはEV、ハイブリッド、ダウンサイジングターボ、ディーゼルが共存~
私たちがモーターショーを現地調査する時には、各メーカーのスタンドを訪れて各社の戦略に思いを馳せながら、出展車両や技術展示物を丹念に見ていきます。そうすることで、メディアでは必ずしもハイライトされていない大切な気付きに結びつくということを、これまでの足で稼ぐ取材の中から経験してきているからです。今年の例で言えば、メディア報道を見ていると、ショー会場はあたかもEVで埋め尽くされているような印象を抱きがちですが、実際にはそこまで極端なことはありません。ショーフロアを歩いていくと、多彩なパワートレインのクルマが出展されていることが良く分かります。記者発表の時にセンターステージでスポットライトを浴びるのはEVだとしても、一般の人々が品定めのためにじっくりと眺めるのは、モーターとエンジンを組み合わせて走るハイブリッド車や(排気量を小さくして燃費を稼ぎ、ターボで出力を補う)ダウンサイジングターボ車です。ディーゼル車は排気試験不正が災いして華やかなステージとは縁遠くなっていますが、燃費改善(≒CO2排出抑制)の点では効果が大きいことやトルクの太さが大型車に適していることから、ショー会場でも一定の存在感を保っています。

~ディーゼル車は減少しつつも一定数は残るだろう~
グラフ(乗用車販売に占めるディーゼル車の比率)はEU15ヵ国の乗用車販売におけるディーゼル車比率の推移です。90年代の技術革新が生み出した新世代のディーゼル車は、「うるさい・がたつく・くさい」といった欠点を克服したことから「クリーンディーゼル」のキャッチフレーズを与えられ、地域によっては税制の助けも加わったことから広く普及して、一時は過半を占めるまでになりました。排気試験不正の影響で近年は減少傾向が加速していますが、それでも比率としては90年代よりも高い水準です。自動車各社は、地球温暖化対策と燃費改善に精力的に取り組んでいますが、コスト・性能・インフラといった課題の解決途上にあるEVや燃料電池車だけに頼るのは無理があります。ですので、現実解としては、ハイブリッド車(HV)の更なる普及を進める一方で、ダウンサイジングターボなどの技術革新が進む新世代のガソリン車や燃焼効率が高くCO2排出の少ないディーゼル車も共存していくことになります。

■日本車は得意技のハイブリッドに注力

今回のパリショーでは、日本メーカーの中には出展を見送る会社も少なくなかったのですが、「さわかみファンド」が組み入れている完成車メーカー3社(トヨタ、ホンダ、スズキ)は、これから欧州市場に投入する新型車を前面に押し出して積極的な出展を行っていました。
トヨタ自動車は、今年3月のジュネーブショー開幕に先立って、「18年以降発売の乗用車にはディーゼルエンジンを設定しない方針」を発表していて、今回公開した「Corolla Touring Sport」には出力の異なる2種類のHVを設定しています。ホンダは、グローバル展開しているSUV「CR-V」を欧州ではこの秋から新型に切り替えており、今回出展したのは19年1月に追加するHVです。スズキは本格SUV「Jimny」の欧州仕様車をデビューさせましたが、「Jimny」にはHVの設定がないので、HVについては自社の出展スペースの一角に欧州で販売するHVを一堂に集めて展示していました。
日本メーカーにとっては、ディーゼル比率が高い欧州は必ずしも主要市場ではなかったので、パワートレイン開発は日本、北米、アジアを視野に入れて、ガソリンエンジンやHVに注力していたという背景があります。ですので、排気試験不正を背景としたディーゼルへの逆風を契機に、欧州での環境対応に際しては、性能とコストのバランスで他を凌駕する得意技のHVを主軸に据えたという訳です。

■ショーフロアの展示では現実路線が鮮明

独メーカーのディーゼル排気試験不正とアンチ・ディーゼルの渦中で開催された前回のパリモーターショーから2年が経過した今回のパリショーは、「理想論を語る段階を過ぎて、現実味のある技術的解決策が商品化されてきた」と言えます。バッテリー・モーターなどのハードと制御の両面の進化によってEVの性能向上・原価低減も進みますが、環境負荷低減に総量として効果が大きいのは、販売台数が大きいHV(含むプラグイン)と新世代のガソリン・ディーゼルエンジン車であり、それらの商品も出揃ってきています。対外発表ではニュース性が重視されるので、どうしてもEVが主役になりがちであり、ディーゼルについては声高に語るのは反社会的と捉えられかねないので沈黙しています。しかし、ショーフロアを歩いてみれば一目瞭然ですが、至る所にHV、ダウンサイジングターボ車、そしてディーゼル車も往時程ではないまでも、多数出展されているのですから。

【シニアアナリスト 吉田 達生】

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