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旅先で改めて日本の良さを実感したことはないだろうか。先日、私も台湾への旅行でそんな経験をした。言わずもがな台湾は魅力的な国だ。TSMCが世界最先端の半導体受託製造企業として国家の繁栄を力強く牽引し、都市部は東京と比較しても遜色ないか、あるいはもっと進んでいるように見える部分もある。だがそれでも、シャワー文化の台湾ではゆっくり熱いお風呂につかることは難しかった。また多くの場所ではトイレに紙を流すことができず、備え付けのゴミ箱に捨てるシステムだ。水回りをめぐるこの2つの体験は、ある意味で日本との違いを一層明確に意識させる出来事になった。裏を返せば、日本の恵まれた衛生文化―綺麗で清潔―という最強の無形資産に心底気づくことにもなったわけだ。

2020年のコロナ禍で日本の衛生観念が世界の注目を集めたことを覚えている人も多いだろう。お店ではおしぼりが渡され、学校では子供たちが掃除に取り組み、神社では参拝者が手と口を清めてから神前に立つ。清潔が当然とされる私たちの文化的風習の奥には、穢れを嫌った神道の禊払いや、6世紀半ばに伝来した仏教の作務・沐浴文化の和合が源流としてあるのかもしれない。こうした固有の歴史的背景と“ものづくりの国”としての高い技術力が組み合わさった結果、様々な分野で衛生文化を底上げするような製品が日本から世界に発信されてきた。清潔をお金に変えるというと俗っぽいが、日本にとって「清潔」はまさしく国際競争力を持つ最強輸出資源なのだ。

 

TOTOの創業者である大倉和親は欧米視察で衛生陶器の文化に感動し、この清潔な生活を日本や他国にもたらしたいと願って美しい陶器の便器をつくり上げた。花王は約130年前に日本のトイレタリー市場の黎明を“石けん”一つで告げ、今では洗剤や化粧品等の多様な消費財で世界の「きれい」を支えている。ユニ・チャームは不織布を扱うコア技術を多面展開し、高品質な日本製という看板を背負って国内やアジアでトップシェアだ。2050年には世界が100億に近い人口に到達すると言われている今、衛生的な生活へのニーズは飽和するどころかますます強まっている。古今東西を貫く普遍的需要は長期投資の文脈にもふさわしい。日本企業はこのニーズを満たす「清潔ビジネス」において、間違いなく世界一になれる素質があると思う。

トイレタリー業界の調査を担う私にとって、現地の生活を如実に反映する店頭視察は一番の醍醐味だ。台湾では数多くの日本製品が人びとの日常生活に根付いている事実に驚きと喜びを感じたが、同時に、世界では「清潔」という市場がまだまだ手つかずのフロンティアとして残されていること、その中で日本企業が高い存在感を発揮しうる可能性を実感した。昨今の株式市場では専らAIや半導体といった“ハイテク”が幅を利かせているが、地球儀をくるりと回すように世界の人びとの生活を眺めた時、私はあえて“セイケツ”もまた、浮きつ沈みつの相場などに左右されない人類の根源的テーマとして追求する価値があると思うのだ。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、インターネットをあらゆる社会課題の解決策とする言説に対し、世界ではいまだ40億人がトイレのない不衛生な生活をしている―つまりデジタルのみで世界は救えない―という現場感覚をもってして答えたことがある。最先端産業の頂点に立つ人が放ったその一言は、実体経済を原点とする私たちの長期投資にも相通じる。世界では7億人が一日1.9ドル以下で生活をし、30億人は石鹸や清潔な水にアクセスさえできず、満たされていない大きな需要と解決すべき社会課題が足元に眠っている。日本の「清潔ビジネス」が世界の未来に貢献できる余地はまだまだ大きいはずだ。

 

【運用調査部 アナリスト 前川 真弥】

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