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持続可能な社会への渇望

皆さまはコロナ禍をいかがお過ごしでしょうか。緊急事態宣言解除後、都内を中心に感染者数が増えている状況に少なからず不安を覚えている方もいらっしゃるかと思います。また新型コロナウイルスだけでなく、九州を中心に大雨による災害が発生しました。この場を借りまして、被災された方々には心からお見舞い申し上げるとともに 復興に尽力されている皆さまには安全に留意されご活躍されることをお祈りいたします。

コロナ禍や自然災害を目の当たりにし、私が考えさせられたことは“富”とは何かです。そしてアダム・スミスの国富論を思い出しました。彼は国富論のなかで、富とは“お金の量”ではなく、“物の量”であると説いています。日本にはマスクを作る技術があるにもかかわらず、中国で多くを生産したために圧倒的に不足する事態となりました。お金はあるのにマスクが買えない。それによって不安なときを過ごされた方も多いのではないでしょうか。

パンデミックや毎年のように発生する数十年に一度の自然災害により、これまで当たり前であったことがどんどんと当たり前でなくなっていく。それにより持続可能な社会への渇望がより顕在化していく。そのように感じています。その中で現在注目しているのが食糧問題です。コロナ禍で多くの産業が止まる中、重要産業として稼働を停止されなかった産業のひとつに食品産業があります。コロナ禍で食べ物の買い占めも一部で発生していました。食べ物は人類が生き続けるために最も必要なモノの一つと言っても過言ではありません。私は今こそ食糧の持続的調達について考えるべき時であり、大きな事業機会が眠っていると思います。

農業の歴史と未解決問題

後にも先にも古代の人類におけるターニングポイントは、農耕の開始でしょう。およそ23,000年前から11,000年前と言われています。農耕の出現により、人類の生活は一変。その日暮らしから、定期的な食糧調達が可能となりました。ここまで人類が繁栄できたのは紛れもなく農耕のおかげだと思います。そして農耕文化により、人類ははじめて長期思考になりました。天体の動きをもとに時計やカレンダーを編み出したのも、遠い未来に対する不安を補うためでしょう。

そして、紀元前6,000年頃に発明されたと言われる灌漑からはじまり、農機、化学肥料、農薬、種子改良など農業技術は発展してきました。とくに1940年代以降に米ロックフェラー財団の主導のもと行われた緑の革命では、高収穫量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより、穀物の生産性を飛躍的に向上させました。結果として1950年以降、米、小麦、トウモロコシの生産量は急上昇します。

しかしながら農耕文化が拡大することによる弊害もあります。その一つは環境問題でしょう。世界の耕地面積が拡大する中で、森林面積は下降傾向にあります。また1950年以降、生活・工業用水を含む水使用量全般が増える中で、農業用水の使用量率は、70%台と依然と高水準なままです。
またこれだけテクノロジーの発展した現代においても、食糧不足で困っている方が世界には存在します。今後世界の人口は90億人を超えると、食糧生産を1.7倍にする必要があるとも言われています。

新しい農業テクノロジー

食糧危機の主な原因は、紛争、異常気象、経済的ショックであり、加えて2020年は砂漠のイナゴと感染症(コロナ)が問題となっています。食糧は必要な時に必要なだけ調達できないといけません。カロリーベースでは不足していないと言われますが、食糧は長期保存が難しく、人間もカロリーを長期にわたってストックすることはできません。これらの問題を踏まえると、求められているのは「環境を毀損しない、パンデミックや自然災害、砂漠のイナゴに負けない、持続可能な食糧調達」ではないかと思います。

そこで私が注目しているのが植物工場です。実は私が運用調査部に配属された最初のアナリスト公開勉強会のテーマがこれでした。数年が経ち、植物工場の技術進歩は目覚ましいものがあります。とくに大きいのがムーアの法則以上のスピードで成長するAIを用いた技術革新です。海外にある最先端の農業ベンチャーでは、既存の植物学にとらわれない発想で開発したAIにより、ある特定の作物で過去300年間の収穫量の増分を一年で達成しています。そして食べやすい風味の葉物野菜や果物を栽培でき、その作物は700種もあるようです。環境にも優しく、ミネラルや栄養素を加えた水を循環させる水耕栽培のため、水の使用量は屋外栽培の1/20で済みます。必要な土地面積も1/1000になります。

 またこの分野においては日本企業にも大きな事業機会があると考えます。植物工場には、LED、赤外線カメラ、温度センサ、大気センサ、ロボットなど、日本の強みである工業製品をふんだんに使います。IT技術では海外にも有力な企業がたくさんありますが、これらの工業製品とIT技術を組み合わせることにより、日本企業による新たな産業の創出が可能ではないかと考えています。

もしかすると食糧をこれまで通りの方法では安定的に調達できない日が来るかもしれません。しかし人類はテクノロジーの力で数々の困難を乗り越えてきました。いざというときには植物工場版テラファクトリーにより、野菜の実物支給を行う。持続可能な社会を実現するうえで、そのような時代が遠くない未来に来るかもしれません。

【シニアアナリスト 坂本 琢磨】

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