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 虹というと空に架かる橋の状態をイメージしますが、上から見ると円の形に見えるようです。昨今叫ばれているROE経営についても、見る角度、つまりは立場を変えればその見え方が大きく違うようです。
 
 
ROE経営の弊害
 
 アベノミクスがはじまり日本の株式市場に対する外国人投資家の視線が変わってきました。その大きな要因として、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの策定などにより企業経営のあり方が変わるという期待感が大きいと言われています。これまであまり見られなかったROE(自己資本当期純利益率)等の明確な数値を経営目標に掲げて公表するといったことや、事業の選択と集中の促進、株式の持ち合い解消が進むといったことです。特に、目標にROEを掲げるということに関しては、投資という点から考えると元手に対して幾ら儲かったかということが評価の対象となりますから、事業を投資の一部とすれば企業経営においても同様です。企業経営者がいかにして調達した資金を有効活用し、ビジネスを回すことで利益をあげられたのかという指標としてとても分かり易いし、経営者の手腕を評価するという点において参考になることは疑いようがありません。
 
 
部分最適か全体最適か
 
 しかし、本当にそれによって企業の価値そのものが継続的に上がるということは保証されません。何故ならROEはあくまで結果の話であり、決算を瞬間的に切り取った時の数字でしかないからです。経営者がROEを改善させる為に目先の利益ばかりを追いかけ将来への種まきをしなければ、企業価値が将来にわたって向上するとは考えにくいからです。
 また、ROEを高めるためには、当期純利益の額が一緒であると仮定すると自己資本を減らすことでも改善できます。最近では配当を増やしたり、自社株買いをしたりすることで総資産における自己資本の圧縮が行われています。これは投資家の立場からすれば、配当による利益分配の増額や株式数の減少による株価上昇が期待できるために喜ばしいことです。しかしながら、企業経営をする立場から考えると、財務の安定性の観点から自己資本をギリギリまで減らすような分配を行うことは避けたいと思うのが普通です。
 一方で、ROE経営が合理的だと考える機関投資家にとってみれば、個々の企業は最低限の自己資本だけを持って効率的にビジネスをして欲しいと考えます。確かに、そのような投資家にとってみれば違和感のない要求をしているように聞こえます。なぜなら、もし一つの企業が倒産してしまってもポートフォリオの一部が毀損したという程度という感覚になるからです。ポートフォリオの中の、その他の企業が効率的な資本活用を実行し、資産全体での価値が向上していれば特に問題視するほどでもなくなってしまうからです。ですが、実際にはその企業で働かれている従業員、取引関係者の立場で考えれば一大事なのです。工場やオフィス周辺にある食堂やクリーニング店など、その地域に根差した生業の企業や個人にとっては死活問題と言えるほど大きな影響を与えます。投資家にとってみれば効率的でも社会全体では経済が停滞しかねませんから、立場によっては見え方がずいぶん変わってしまいます。
 事業の選択と集中においては、収益力向上のために実行され、逆説的には多角化は否定されます。しかし、それをやれば成功するわけではありません。集中した事業が想定ほど伸びなかったり、そのビジネス自体がイノベーションによって駆逐されたりした場合、もう次の柱を自ら切り落としているので破綻へと向かうしかありません。結局は経営者の判断が正しかったかどうかでしかないのです。これによって影響を受けるのはやはり従業員や取引先、地域社会ということになりますから、これも同様です。
 
 
古の教え
 
 その昔、近江商人は『三方よし』という考え方を示しています。立場が変わればそれぞれの見え方も変わりますが、相手にとって、自分にとって、みんなにとって本当に良いものかどうかを意識するのは日本人に根付いていることなのかもしれません。最近はあまりにも株主の権利ばかりが注目されている気がしてなりません。そんな時にこそ古の教えを思い出し、それぞれの立場から見ても奪い合いではなく、共に築いていくという姿勢が望まれていくのかもしれません。
 
取締役最高投資責任者兼ファンドマネージャー 草刈 貴弘

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