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出典:Bridgestone Americas, Inc. Website/BRIDGESTONE PLANT RECOGNIZED FOR SAFETY

スピルバーグ監督作品『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』という1989年公開の名作映画を覚えている方は多いのではないでしょうか。劇中冒頭では、主人公のマーティと相棒のドクが、自動車が空を飛んでいる2015年のヒルバレーを冒険します。現実では2017年現在でも自動車はタイヤに乗って地面を走っていますが、実は世界で生産されるタイヤの15%は、ブリヂストン(以下、同社)が製造しています。
先日、同社が米国テネシー州に設営しているワーレン(Warren)工場と、州都ナッシュビルにある新形態サービスの実験店舗の見学会に参加してきました。今回はその見学内容についてご報告いたします。また、さわかみファンドの同社の組み入れ比率※1は2017年8月17日現在で最も高いのですが、本文の最後で私たちが同社に投資している意義も議論しています。ファンド仲間の皆様が同社を理解する一助になれば幸いです。

 

ワーレン工場見学

図1:タイヤを構成する材料
出典:株式会社ブリヂストン 企業サイト/分子構造を操る技術(ナノプロ・テック™)

ワーレン工場は、1日に約9,000本のトラック用タイヤ、バス用タイヤを製造する能力を有する、従業員1,100名ほどの工場です。ちなみに従業員は全員が同時に働いている訳ではなく、シフト制で働いています。工場長の説明を受けた後、カートに乗って各工程を見学しました。1,100人の従業員といっても見学する間にすれ違った人の数は遥かに少なく、多くの工程で自動化が進んでいるように感じました。
ここで、タイヤの製造プロセスについて簡単にご説明します。タイヤは1種類のゴムでできているわけではなく、異なる原料からできた複数の材料から構成されています(図1)。その構造はドーナツというよりもバームクーヘンに近いといった方が正しいかもしれません。

タイヤの製造プロセスは天然ゴム、合成ゴム、硫黄、カーボンブラックなどの原料を混ぜ合わせて中間材を作る工程、それぞれの中間材をタイヤの型に合せて切断し、バームクーヘン状に貼り付ける工程、出来上がったバームクーヘンを金型に入れて加圧・加熱し化学反応させる工程、刻印や検査などの工程から成っています。
見学過程では広大な倉庫フロアにゴム原料が反物のように折りたたまれて保管されているところ、混合されてシート状に加工された材料がドーナツ型に巻きつけられるところ、熱気と蒸気のなかで全自動ロボットがタイヤを圧力釜に入れて加圧・加熱しているところ、圧力釜から取り出されたタイヤが空中に架けられたレールをごろごろ転がっていくところ、整然と並んだラックにタイヤが積み上げられる在庫エリアなどを見せていただきました。
ワーレン工場は高度に自動化された生産プロセスが導入されています。しかし、工場スタッフが知恵と工夫を凝らしたことにより、生産性はかつてより良くなり、同時に廃棄ロスも削減できているそうです。これは自動化がどれだけ進んだとしても機械が人間の知恵に置き換わるとは限らず、むしろ人間の知恵と機械的プロセスを組み合わせることで、最も高い生産性が実現できるということでしょう。

実験店舗見学
次に訪れたのはナッシュビル郊外にある、50メートル四方ほどの広さのFirestone Complete Auto Careの実験店舗です。なお、ファイアストン(Firestone)はブリヂストンが子会社化したアメリカのタイヤ会社ですが、ブランドは北米を中心に展開されています。この店舗は、ファイアストン(当時)黎明期から存在しているそうですが、現在は新しい顧客体験を実験的に提供する店舗として使われています。
この実験店舗で提供される顧客体験のコンセプトは、「お客様がこの店舗に来店すれば、ほんの少し待っているだけでクルマの診断結果を店舗の電子端末に表示することができる。そして、お客様は店舗内でクルマをベストな状態に改善するための提案を、タイヤに限らずあらゆるパーツについて受けることができる」というものです。従来の店舗で提供される顧客体験と比較すると、従来の店舗では、お客様は来店した時点で既に欲しい製品が決まっていて、その製品を取り揃えておくことに主眼が置かれています。一方でこの実験店舗は、クルマの診断から製品提案まで行っているので、お客様が自分では気付かないような問題にも対応することができます。

お客様がクルマで来店すると、店舗に併設されている検査場でスタッフがタイヤの摩耗状態、ヘッドライト、バッテリー、エンジンオイル等の点検を行い、いわばクルマの総合診断書のようなサマリを作成していました。診断が終わると、お客様は店舗にある端末で診断書を確認できる仕組みになっています。ここにはタイヤだけでなくワイパーやエンジンオイルなどの診断結果も出ているので、優先して購入するべき部品が一目でわかるようになっています。つまり、この実験店舗はお客様に対して、「お客様のクルマをベストに保つために必要な部品を提案している」といえます。以上が、この実験店舗で同社が提供しているソリューションとしての顧客体験です。

経営陣のプレゼンテーション
もちろん、これらのタイヤ販売やメンテナンスサービスは、お客様にとって最適な製品を、最適な場所に、最適な価格で、最適な時に提供できなければなりません。見学会の前に行われた同社・アメリカの経営陣のプレゼンテーションでは、“If I take care of my car, my car will take care of me”(私がクルマを良好な状態に保つことで、クルマもまた私の安全と走る楽しさを約束してくれる)というお客様の価値観に貢献し、信頼を勝ち取ることが、同社の成長のために必要だと説明されました。
具体的には、同社は全米のほぼ全ての地域にリテールマーケットを展開しており、成長市場である北米、南米大陸で消費者に直接アクセスできる強みを生かして顧客体験を実現できること、タイヤの効率的な生産を実現する管理システムであるBOSS(Bridgestone Organic Scheduling and Control System)によって、最適な製品を最適な時に顧客に届けられていることが伝えられました。
同社が出せる新しい価値としては、タイヤのメンテナンスサービスもより重要になってきます。例えばタイヤに取り付けたセンサで走行データを記録・解析することで、運送サービス業者の走行パターンに最適化した製品開発やメンテナンスサービスを展開できるようになるでしょう。
さらに同社はブリヂストン、ファイアストンなどのグローバルなブランド、優れた研究開発能力、金融サービス、強固な財務基盤といった強みを持っています。加えて、”Moment of Truth”(お客様に接するわずかな時間の間に、最大の価値を提供する), “Fact Driven”(思い込みではなく、事実に基づいて動く)といった哲学を全社で共有している点も強調されていました。

ブリヂストンへの投資意義

以上が米国ツアーを通して私が学んできたことですが、ここで改めて、さわかみファンドが同社に投資している理由と意義を併せてご説明いたします。議論の進め方として、長期投資に値する企業の条件を示したうえで、同社がその条件を満たしていることをお伝えします。
そもそも長期投資とは、長期で株式を保有することと同義ではありません。長期で株式を保有すれば、どの企業に投資しようが儲かるほど簡単なものではありません。かつてのJALが潰れ、シャープが鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下となり、東芝が存続の危機に立たされているように、一世を風靡した企業でも簡単に吹き飛ぶ時代です。
ですから、「国際・分散投資」やら「1万円からの積み立て投資」といったややこしい概念よりも、「投資した企業が長期間存続する」条件を学ぶことの方が遥かに重要です。
では、企業が長期間存続する条件とはどのようなものでしょうか。
全ての企業は、製品やサービスを通して、顧客の抱える用事や課題を解決するために存在します。その返礼として顧客はお金を払い、利益を与えることで企業の存在価値を認めています。
ならば企業が存続する最低条件とは、「製品・サービスを通して顧客との間に強い信頼関係を結ぶことができており、かつ、将来に渡ってもその信頼関係を継続し、より強めていけるだけの能力と意欲を持っていることである」と言えるでしょう。
あまりにもシンプルで当たり前に聞こえますが、タカタなどの企業は、顧客やパートナー企業の信頼を失ったからこそ存続を許されませんでした。
では、同社はどのようにして顧客の課題や用事を解決しているのでしょうか。

図2:鉱山では何十台ものトラックが行き来している
出典:株式会社ブリヂストン 企業サイト/ブリヂストンの鉱山ソリューションテクノロジー

同社のホームページ”Hara’s Eye”※2によれば、タイヤには①車両の重量を支える、②エンジンやブレーキのパワーを路面に伝える、③クルマの進行方向を変えたり、保ったりする、④路面からの衝撃を和らげる、という役割があります。この4つの役割により、スムーズで快適な運転やクルマの安全性、低燃費性といった性能を実現しています。

それだけではありません。昨今の北米ではライトトラックのように大型のクルマが人気ですから、当然その重量は重くなります。一方でクルマに求められる環境性能は厳しくなっていますから、それぞれの車種に合せて最適な形状、材料のタイヤを設計し、自動車メーカーに供給しなければなりません。そのため同社は自動車の開発段階から参加し、パートナーとしての信頼と地位を確立しています。
乗用車だけでなく、鉱山で用いられるダンプトラックでは、トラック2台がすれ違うのにぎりぎり通過できるだけの幅の道を、何十台ものトラックが行き来しています(図2)。そのため、わずか1つのタイヤが路上でパンクするだけで、鉱山全体の操業がストップしてしまいます。鉱物を満載したトラックは100トン以上の重さがあるため、軍用ヘリを要請して吊上げてもらう必要があるそうです。同社は、「B-TAG」や「TREADSTAT」といったタイヤの情報管理ツール※3により、鉱山の操業そのものを維持する役割も果たしています。

他にも、航空機のタイヤについて、100席以上の航空機のうちボーイング787など、40%で同社のタイヤが採用されています※4。タイヤに問題が発生すれば、航空機は安全に離陸することも、着陸することもできませんし、空中でタイヤを交換することもできません。航空機のように高い安全性が求められる分野で、同社は信頼と実績を勝ち取ってきました。
このように、同社は高いタイヤ性能だけでなく、タイヤの先にある自動車性能や鉱山の操業、航空機の安全性に貢献することで、顧客との間に強い信頼関係を構築してきました。
では、この先同社は将来も信頼関係を継続できるのでしょうか。未来が不確実である以上断言することはできませんが、現在の同社のコスト競争力やブランド価値に加えて、2つの点において筆者は同社に投資できる自信を持っています。
1つは、タイヤという製品そのものが将来も必要とされる見込みの高い製品である点です。タイヤの先祖といえる車輪は、紀元前3,700年のコーカサス地方で既に使われていました。内燃機関、モータ、燃料電池とクルマの動力源は違っても、バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2のように、クルマが空を飛ぶことは当分の間はなさそうなので、タイヤが他の何かに取って代わられることはないでしょう※5。

余談ですが、建築物のような人工物や、書物などの情報は、新しいものほど廃れやすく、古いものほど将来も残る傾向があり、これを「リンディ効果」といいます。時の試練に耐えたものほど、将来起こりうる困難への耐性があるためですが、リンディ効果によって、週刊誌よりも聖書の方が後々に読み継がれ、近所のコンビニよりもピラミッドの方が長く残り、ベンチャー企業よりも老舗企業の方が将来も存続すると期待できます。
2つ目の根拠は、タイヤに起こり得るイノベーションについて、同社が最も革新的な地位に在る点です。タイヤという製品は古くからあるとは言っても、タイヤの材料や機能には日々革新がもたらされています。同社には、これまで内部で蓄えてきた顧客からの情報や研究開発の知識だけでなく、自動車メーカーや鉱山機械メーカー、航空機メーカーとの協力で培ってきた信頼関係という強みがあります。このパートナー企業からの信頼と協力が、新参タイヤメーカーに対して同社が優位に立てる根拠になっています。
以上の理由から同社への投資に筆者は自信を持っていますが、今回の米国ツアーで自信を深めることができました。しかし同社に対して信頼すれども過信や油断をせず、これからも同社の動向を注視していきます。

アナリスト
加地 健太郎

※1: ファンドの資産に占める時価投資額比率
※2: https://www.bridgestone.co.jp/technology_innovation/ultimat_eye/
※3: https://www.bridgestone.co.jp/corporate/news/2017012501.html
※4: https://www.bridgestone.co.jp/products/tire/aircrafttire/
※5: アーバン・エアロノーティクス社などが空飛ぶクルマを開発している

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