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この号が発刊される5月中旬には新型コロナウイルス感染拡大が収束しはじめ、外出自粛も解除されているという状況を想像していたい。しかし、経済活動がすぐに元どおりになるとは考えにくく、一年程度は時間がかかる可能性がある。なぜなら今回の景気後退は新型コロナウイルスによるものだけではないからである。確かにきっかけはウイルスによって経済活動が停滞し飲食店や観光などに代表されるサービス業や小売りに大打撃を与えたことによるものだ。それは治療方法の確立、あるいは季節性インフルエンザのように対処の仕方がわかるようになれば早期に元に戻ることは考えられる。一方で経済が止まり、売上が蒸発しているような状況でも賃料や利払いなどは発生するため、それらの企業の資金繰りは相当厳しくなる。戦後のバブル崩壊といえば平成バブル、ITバブル、リーマンショック、チャイナショックと言える。それらはすべて金融市場の膨張と収縮が実体経済に影響を与えてきた。しかし今回は実体経済が金融市場に波及するという逆の現象である。故に実体経済が滞ることによって、膨らんできた金融市場に穴が開き破裂することを中央銀行は恐れている。金融政策も財政政策も異例の対応をし続けており、それこそそれ以上の手立てがないからである。

リーマンショック以降、特に米国においては過去最長の景気回復期を謳歌してきた。その一方で世界が抱える累積債務は過去最高を記録し、国際金融協会(IIF)によると2019年4月~6月期に250兆9000億ドル(約2京7200兆円)となり世界のGDPの約3倍となっている。原因は米連邦準備制度理事会(FRB)・欧州中央銀行(ECB)・日銀をはじめ世界のほとんどの国で金融緩和が行われ、金利が極端に低く抑えられてきたことによるものである。それにより投資家は少しでも高い金利を探し、リターンを求めて世界中で資産を買い漁ってきた。債務不履行の可能性が高い国や企業の債券であろうと飛びつくありさまで、債券はもちろん、そこからこぼれ落ちるマネーは株式や不動産、美術品にも流れ込み、資産価格は持続不可能な水準にまで押し上げられていた。当然ながら景気が悪化すればデフォルトし、大やけどを負うことになることはコロナショックが起きる前に多くの市場関係者は想定していた。金融市場は砂上の楼閣であったと再認識するわけだ。

19年上半期に増えた債務のうち60%は米国と中国で占められている。この2カ国は世界経済の約4割を占めているので当然と言えば当然である。問題なのは、これらの国もコロナショックの影響をもろに受けているのである。中国は震源地の武漢の封鎖を解き、回復している様子を世界にアピールしたいようだが、無症状患者が多数報告されており気を緩めて再度増加するということがないとも言えない。もしくは人々が当局の姿勢を疑問視し、なかなか元のように外出し経済活動を行わないとも考えられる。何より問題なのは米国経済である。

米国の経済は個人消費が約3分の2を占めており、その個人消費に影響を与えるのは賃金であるのは想像しやすい。米国のエコノミストによると、それに加えて自分の資産価格の期待値も大きく影響しているという。税引き後キャピタルゲインとIRA(米国個人退職勘定)の引出金額の合計が個人消費の年間成長率の2倍であると計算しており、資産価格(株価や債券、不動産など)の上昇によって個人消費が堅調であったことを示唆している。つまり米国経済は株価が個人消費にもGDPにも大きく影響を与えていることが分かる。

一方で、2012年から2019年までの米国企業の利益の拡大分の3分の2が2017年の大型減税によってもたらされており、低金利の環境下であった同じ期間に自社株買いをしてきたことによる時価総額の増加分は単純計算で26%程度であることから、米国株式市場は相当にかさ上げされた水準であったといえる。新型コロナによって米国の失業はとてつもない勢いで増えており、4月第2週までの3週間で1600万人超も増加し、失業率は10%を超えるだろう。これまでも失業率が上昇し、元の水準に戻るまでの期間を見ると概ね2~4年かかっている。失業者が増え、個人消費がままならなければ企業収益は厳しい状況に陥ってしまう。そうなれば株価などの資産価格の上昇もままならず、結果、資産価格上昇によって推進されてきた個人消費にも悪影響を与えてしまう状況が続くことになる。同様に実体経済から金融市場に問題が飛び火した場合、債券や不動産は大きな価格調整を迫られるだろう。そう考えるとやはり短期的に楽観できる状況ではないと考えられる。

だからといってこのままずっと経済が悪い状況のまま続くということではない。経済活動は停滞し、景気は悪化する状況が続いたとしても新型コロナウイルスへの対処が確立してしまえば経済活動は徐々に戻っていくだろう。異次元の金融緩和、財政出動が世界中で行われるのだから、それらの莫大なマネー供給は一大相場を形成する種となろう。リスクシナリオとして考えるべきは国家間の分断と対立になるだろう。欧州はEUとして存在する意義が問われる事態にならないこと、米中がこれまでとは違いコロナをもとに対立を深める事態にならないこと、原油価格低迷による中東諸国の不安定さが他国に影響し難民やテロへとつながり、安全保障やエネルギー供給に問題が起きないことを願っている。現在、人類は見えない敵と戦っているが、終息の後に次の争いが人同士にならないための手立てを指導者は考え始めなければならない。

【取締役最高投資責任者 草刈 貴弘】

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