
10月は、お知らせの季節。ノーベル賞の発表が始まる。どこかの研究室で電話が鳴る。日本人の名があれば、その日は朝から空気が変わる。私も、素直に嬉しい。
だが、ふと思う。その仕事は、いつから始まったのだろう。
オプジーボという薬がある。がんの治療を変えたと言われる、あの薬だ。日本で承認されたのは2014年だが、その出発点は1992年、京都大学の本庶佑さんが免疫の「ブレーキ役」となる分子を見つけたところまでさかのぼる。患者に届くまで22年。受賞はその4年後だった。
だが、その始まりは、いまから30年以上前の研究室にあった。
ただし、順序がある。
遅いから大きいのではない。大きいから、遅いのだ。時間をかければ育つわけではない。育つだけの中身をもつ仕事が、実るまでに年月を要する。
では、その年月を、誰が支えてきたのだろうか。
日本の論文数は世界5位。少なくはない。だが、引用数の多い「注目度の高い論文」に絞ると13位に落ちる※。量は出ているが、世界に届く一本となると、話は変わる。
もちろん、現場は、研究費も人も足りないと言う。しかし、より根が深いのは時間ではないか。3年で成果を。次の予算までに数字を。そう問われつづければ、3年で答えの出る問いしか立たなくなる。
これは、研究室だけの話だろうか。
企業も、同じ構図のなかにいる。研究に着手してから、製品にし、市場に根づかせ、それを担う人が育つまでには、四半期という物差しでは到底測れない時間がかかる。それでも決算は四半期ごとに来る。10年先に花が咲く事業は選びにくい。経営者に志がないのではない。待ってくれる株主が、そばにいないのだ。
しかし、ここに光明がある。
資本家にできるのは、時間をかける価値があると見極めた仕事に、必要な年月を与えることだ。意思ある投資とは、その見極めごと引き受けることだ。さわかみファンドも、27年、そう考えてきた。
待つとは、何もしないことではない。信じ、選び、託す。その判断がいまも正しいかを見つめつづける。
言うのはたやすい。3年たっても数字は動かず、よその会社ばかりが話題になるなかで、なぜそこに託したのかを思い出しつづけるのは、決して楽ではない。だが、見るべきは株価だけではない。その理由が、まだ生きているかどうかだ。
苗を植えるとき、木陰はまだない。それでも、どこにどの木を植えるかを選び、根が張っているかを見守りながら、育つ時間を奪わない。長期投資とは、この植林に似ている。
あなたの長期投資に、賞状は届かない。名前を呼ばれることもない。だが、毎月託されたお金は、長く挑む企業を支える一員になりうる。
ならば、30年後に称えられる仕事も、いまどこかで始まっているはずだ。まだ誰にも褒められていないその仕事に、そっとお金を置いておく。
今日あなたが植えた苗の木陰で休むのは、あなた自身かもしれないし、次の誰かかもしれない。
その景色を、ともに私は見てみたい。
【取締役副社長 熊谷 幹樹】
※出典:科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2025』(2021〜2023年平均)

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